【サクラの木】第9話 サクラサク - 4/4

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それから河野くんは自分のことを話し始めてくれた。病気のことも、それまで誰にも言えなかった苦しい気持ちも。

わたしはただ黙ってその話に耳を傾け、静かに聞いていた。

 

「母が沢井さんに渡した絵・・・本当は自分で渡そうと思ったわけじゃないんだ」

「え?」

「こういうことを言うと叱られるかもしれないんだけど、もし、俺になにかあったら、遺品として沢井さんの手に渡るんじゃないかと思って。沢井さんなら大切にしてくれるんじゃないかと勝手に思ったりしてさ。でもどっちでもよかった。そうなってほしいとは思ってたけど、そういう重たいもので沢井さんを縛り付けたいと思ってたわけでもない」

「あの絵は、部屋に飾ってる。大切な思い出だから。思い出に縛られるために飾ってるわけじゃないよ」

「そう・・・」

 

頷いた河野くんの表情はとても穏やかだった。

 

「今日の演奏、驚いた。凄く綺麗だったから」

「演出が凄かったもんね。わたしもビックリした。まさかホールにCGの桜が散るなんて思ってもみなかったし」

クスリと笑ってしまったわたしに河野くんは首を横にふった。

「違うよ。琴ちゃんが、あまりにも綺麗で」

「え」

「まるで平安時代にタイムスリップしたような感覚。って平安時代なんか見たことないんだけど。今着てる浴衣もだけど、和装がすごく似合ってる」

「あ、ありがとう」

思ってもいなかった言葉の羅列に少し戸惑う。

「もうこうなったら言っちゃうけど、ずっとそう思ってた。琴ちゃんてストレートの長い黒髪っていうイメージが強くて、最初に平安時代とかそういう歴史の勉強をしたときから、そういう和装のイメージの中にいつも琴ちゃんの姿を思い浮かべてたというか。なんかこういう言い方すると変態っぽいんだけど」

「え・・え?」

「今日もすごく注目されてたって気づいてる?」

 

わたしはぽかーんとして目を丸くする。

注目されてるって、決してわたしだけではないと思うのだけど。確かにいろいろ声をかけられたりもしたけれど、それはわたしが和装軍団のひとりだからなだけで、わたしひとりが特別だということは決してないはず。

 

「琴ちゃんてさ、なんというか、一年中桜の花を咲かせてるみたいだよね。琴を弾くだけで、枯れ木に花を咲かせてる感じがする」

「『花さかじいさん』みたいな?」

 

少し見下されたような気になって口をすぼませる。するとはははっと笑う声が耳元で響く。

 

「花さか琴ちゃん」

「なにそれ・・」

 

呆れたように問いかけると、河野くんは微笑んだ。

 

「俺もずっと琴ちゃんが好きだった」