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「うわー、すごい。空が広いね~」
日本よりも何十倍も広い大地を持つアメリカは空もどこまでも広く澄み渡っていた。
初めての海外にテンションがあがっているつぐみの横で、ああそうか、ここはもう日本じゃないのだ、と改めて回りを見回してみた。当然のことながら聞こえてくるのは英語ばかり。少しは勉強してきているとはいえ、通用するかどうなのか、一抹の不安を覚える。
でも、ここに河野くんがいる。
そう思うだけで、気持ちが全く違った。
ホテルに向かうバスの中では、10時間近いフライトの疲れなどものともせず、みんなざわざわと賑やかに話をしていた。
インターナショナルフェスティバルで演奏するのは明日の一日だけで、あとの2日間は自由行動になる。
わたしはその自由行動のときに、なんとかして河野くんのお見舞いに行けないかと考えていたけれど、当の河野くんからは連絡のひとつもなく、河野先生からの情報だと、手術を終えてリハビリ中だということで、わたしの存在など頭にはないだろうと思えた。
最初はここへさえくればなんとかなるような気がしていたけれど右も左もわからないこの場所で、地図だけを頼りに河野くんに会いにいくのは無謀のように思えた。
機内ではほとんど眠れなかったのに、その夜も眠れないまま朝を迎えた。
「大丈夫?琴音」
寝不足のわたしに気づいてか、つぐみが心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。ホテルでも同室なので、変に無理をしなくてもいいのが助かった。
「うん」
こんなに近くまで来ているのに、どうして思うようにいかないのだろうともどかしく感じてしまう。むしろ日本にいたときの方が近かったのかもしれない。
諦めのつく距離だと思えるから。
ここまで来てしまったら諦めることなんてできない。
河野くんに会うまでは帰れないとさえ思ってしまうほどに。それでもここでの時間は限られている。
「たぶん、琴音がいろいろ思い悩んでるのと同じで、河野くんも同じじゃないかな」
「そうかな」
実際のところ、わたしに河野くんの気持ちがわかるはずもない。でも、手紙に書かれてあったことが嘘偽りでないのなら、会いに行ってもいいのではないかと思ってしまったところがある。
「ごめん、今日は大事な日なのに。そのために来てるんだからがんばらないと」
「琴にとっての目的はふたつだからね」
ホテルのビュッフェスタイルの朝食をとった後、わたしたちはインターナショナルフェスティバルの行われる大学へとバスで移動した。
控え室と称された広い教室で、わたしたちは着替えやらメイクやらをしてもらうことになった。現地の日本人スタッフの協力で、簡易十二単を着せてもらえた。簡易といっても何枚も重ね着をするのでかなり重くて歩きづらい。
日本人であっても、普通に生活していたら絶対に着ることなんてできない単を着せてもらえただけでも、心は浮きだっていた。男性は羽織袴のようで、全員が揃うと見た目だけでもかなり迫力があった。
和装したわたしたちの和楽器の演奏は、現地大学生のコンピューターグラフィックの演出もあって、多くの人たちを魅了した。
さすがに大学ともなると、琴、琵琶、笛、三味線、和太鼓など様々な和楽器で壮大なるものに仕上がるので、高校時代のそれとは比にならない。アンコールも受けて、最後は盛大な拍手とスタンディングオーベイションの中幕が下がった。
「気持ちよかったね」
「うんうん」
「ライブが気持ちいって言ってる歌手とかアイドルとかの気持ちがなんとなくわかったかも」
付け髪を外しながらそう言うつぐみの言葉にわたしも深く頷いた。このときほど琴を続けていてよかったと思ったことはないくらい自分でも感動だった。
いろんな悩みを抱えていたのた嘘のように充実感でいっぱいだった。
「みなさーん、浴衣に着替えてこの後も楽しんでくださいねー!」
日本人留学生のひとりが控え室に入ってきてそう呼びかけて忙しそうに出て行った。
どうやらフェスティバルの間は日本人留学生はみんな浴衣を着るようで、日本人=浴衣ということでわたしたちも合わせることになったようだ。
「だから浴衣持参、だったのね」
「さすがに十二単でうろうろするのは無理だもんね」
「当たり前よ」
持参した浴衣に着替えて教室を出ると、そこにはひとりの女性が立っていた。