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少し小さめのキャンバスに描かれていたのはサクラの木。あの入選した『サクラの木』の絵かと思ったけれど、違うところがあることに気づく。サクラの木を見つめている男の子とその男の子に背負われた女の子が描かれていた。
これって・・・もしかして。
わたしはこの絵に描かれたシーンを知っている。知っているのは河野くんと、わたしだけ。なぜならこの男の子は河野くんで背負われているのはわたしだったから。でもこれはわたしと河野くんしか知らないことだ。
どうしておばさんはこの絵をわたしに渡そうと思ったんだろう。
「その絵の裏を見てくれる?」
「裏・・?」
キャンバスの裏に挟まっていたのは一枚の写真。
「これ・・・」
学園祭の前日に、山村くんに撮られた河野くんとのツーショット写真だった。この写真は山村くんが売りつけてくることもなかったし、こっそり渡してくれることもなく、山村くんが所属していた写真部が作成した卒業アルバムにも載ることはなかったから、どこでどうなったのか、わからないままだった。だからあまりに写りが悪くて破棄されたとばかり思っていた。
「真が、この絵と一緒に琴ちゃんに渡すつもりじゃなかったのかしら、と思って」
「そんな」
「実はね、見ちゃったのよ。あの子、この写真を時々眺めていたの」
「・・・」
「ごめんなさいね。琴ちゃんはもう自分の新しい道を歩いているのに。でもこれを見つけたとき、どうしても琴ちゃんに渡したいと思ったの」
わたしは写真を見つめた。わたしも河野くんも笑っている笑顔の写真。ついこの間のことなのに、随分と昔のことのように思えた。
「あの子はなにも言わないけれど、きっと琴ちゃんのおかげね。生きようと思ってくれたの」
「そんな、そんなことないです」
思わず泣きそうになって必死でこらえた。
本当は後悔していた。最後まで連絡先を聞かなかったこと。
「おばさん、アメリカの住所教えてもらってもいいですか。真くんに手紙を書いてもいいですか?」
「ありがとう。真に怒られそうね。勝手なことするなって」
本当のところ、そんな話を聞いて、わたしに何ができるのかわからなかった。でも、すぐにでも河野くんに会いたくてたまらなかった。
写真と絵をもう一度丁寧に布に包んで、わたしはおばさんに頭を下げた。
次の日には実家を出て、一人暮らしのマンションに戻った。
そして一番目立つ壁の真ん中に、『サクラの木』の絵を飾り、わたしはペンを握った。
河野 真 様
こんな風に手紙を書くのは不思議な気持ちになった。
メールアドレスでも聞いておけば、今日のうちにメールを送れたはずなのに、あえてそれをしなかった。
その気持ちを、河野くんならわかってくれるような気がしたから。