(3)
学校からの帰り道、わたしは河野くんの家の前を通った。わたしの小学校から高校までの通学路はいつもこの道を通っていた。連絡先を知らなくても、ここを通ればいつか会えるような気になっていた。
どうしてわたしは何も聞かなかったんだろう。どうして何も言えなかったんだろう。
将来の夢はプロのテニスプレーヤー!
小学校のときの卒業文集でそう書いていた河野くん。どんな思いでそんな夢を追い続けていたんだろう、と思った。
ゆっくりと河野くんの家の前を通り過ぎると、いろんな思い出が頭によぎる。
幼い頃は、このあたりを駆けずり回って遊んでいたこともあったのに。静まり返った風景を見ながら、涙がこみ上げてくるのを何度もこらえた。
「琴ちゃん!」
その声に振り返ると、玄関から急いで飛び出してきたのは河野くんのお母さんだった。
「おばさん・・・」
河野くんのお母さんと顔を合わせるのは随分と久しぶりな気がした。参観日や行事でなんとなく挨拶を交わしたり、幼い頃は家にお邪魔したこともあったけれど、そんなことは大きくなるうちになくなってしまった。
「琴ちゃん、お久しぶりね。なんだかすごく綺麗なお嬢さんになっていて、違う人だったらどうしようかと思っちゃったわ」
「そんな・・・。こちらこそご無沙汰しています」
「ちょっと渡したいものがあるんだけど、今時間大丈夫?」
「はい・・・」
渡したいもの?不思議に思ってわたしはおばさんについて河野くんの家に足を踏み入れた。
するとたくさんのダンボールが積み上げられていて、もしかして引越しの準備をしているのかと思った。
「ごめんなさいね。こんな片付けの途中で」
「いえ・・・おばさん、真くん・・・アメリカにいるって聞きました」
「そう、そうなのよ」
おばさんはごそごそと何かを探りながら、河野くんが生まれた頃から心臓に疾患があることを教えてくれた。そして3歳のときに大手術をしたこと、それでも二十歳まで生きられるかどうかわからない、と言われたこと、本当は激しいスポーツもしてはいけないと言われていたのに、まるで自分の命を試すかのように、なんでも挑戦し続けていたこと、山ちゃん先生が話してくれたこと以外のこともたくさん話してくれた。
「あの子はずっと自分の病気のこと受け入れて、限りある命を精一杯後悔のないように生きようと決めていたみたい」
すべてのことに一生懸命で、完璧だった河野くん。
それが理由だったんだ。
「でもね、タイムリミットが近づくにつれていろんな迷いや恐怖も出てきたんでしょうね。荒れてたときもあったのよ。3年になって落ち着いたけどね」
「そうだったんですか・・・」
わたしの知らない河野くんの心。
「今年の初めだったかしら、家族の前であの子が言ったのよ。もう少し、生きてもいいかな、って」
おばさんの瞳には涙が浮かんでいた。
「当たり前じゃないの、ねえ。自分の子どもに先立たれるなんてそれほど不幸なことはないでしょう?わたしはずっと真がそういってくれるのを待っていたから、もともといろんなこと調べて準備を整えていたの」
「それで・・・アメリカへ?」
「ええ。カリフォルニアにある大学病院なのよ。夫もあちらで日本人学校の教師の仕事が決まってね。秋から赴任することになったの」
「河野先生も…」
河野くんのお父さんは小学校教諭で、わたしも一年だけ図書委員の活動でお世話になったことがあった。
「お兄ちゃんの方はねもう就職だから日本に残るけれど、わたしは行ったり来たりであちらへの移住をすすめていて、この家も土地も売ることになったの。だから今日、琴ちゃんに会えて本当によかったと思って」
どうしてわたし、なんだろう。そんな答えはもうわかっているはずなのに、誰に何を言われても、本人の口からは何も聞かされていないし、言われていないわたしはまだ信じられない気持ちでいた。
「これなの」
おばさんに手渡されたのは桜模様のちりめん友禅布に包まれた絵だった。