【サクラの木】第7話 ふたつの道 - 2/4

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わたしが河野くんの進んだ道を知ったのは、夏の初めの頃だった。

大学も夏休みに入り、元担任の山ちゃん先生から連絡がきたのがはじまりで、わたしはOGとして受験勉強の心構えとか、大学生活について後輩に話をしにいくことになった。まだ高校を卒業して間もないし、大学生活を100パーセント知り尽くしているとは言えない状況なのでなんとも言えないけれど、山ちゃん先生にはいろいろお世話になっていることもあって、断ることはできなかった。

 

「おー、久しぶり。夏休みに悪いな。でも暇なんだろ?」

「そんなに暇でもないですよ。和楽器サークルの活動もあるし、バイトも始めたんです」

「そーかそーか。大学生活満喫してるようで何よりだよ。そういう話がっつり話してやってくれ」

 

山ちゃん先生は、今年も3年生の担任になったらしく、また体重が減りそうだ、なんて嘆いていた。そういうことを言っている割には、去年ほど大変そうには見えない。

AO入試だったし、役に立つのかどうかわからない話を、後輩たちは真剣に聞いてくれて、受験勉強の仕方とか、面接の状況とか質問をしてくれた。

 

終わってから、山ちゃん先生とお茶をしているとき、ふと山ちゃん先生になら聞いてもいいかと思って、河野くんの進学した大学を聞いてみた。すると山ちゃん先生は驚いたような顔をしてわたしに言った。

 

「おまえ、知らなかったのか」

「え」

「あいつ、今アメリカにいるんだよ」

 

アメリカ・・・?

まったく想像すらしていなかった場所が山ちゃん先生の口から飛び出して、わたしは言葉を失った。

 

「沢井にも話してなかったとすると、あいつ、誰にも言わずに行ったんだな」

「どういうことですか?」

「俺も、知ったのは2月だったんだけどな。河野は普通にセンターも受けてたから、俺もてっきり進学すると思ってたんだよ。おまえ、知ってたか?河野がずっと病気を患っていたこと」

 

その瞬間、わたしは幼い頃の河野くんを思い出した。

水泳のとき、胸に手術の跡がくっきりと残っているのを、「これは男の勲章なんだ」と自慢げに話をしていたときのこと。

 

「病気かどうかは・・・でも、小さい時に大きな手術をしたって」

「そうか・・・」

 

山ちゃん先生は少し考えるような顔をして、わたしの顔を見ると、話してくれた。

 

「俺も詳しくはわからないが、生まれたときから、二十歳まで生きられるがどうかわからない、と言われていたらしい」

「二十歳まで・・・」

 

あの日、河野くんは、あと数年しか生きられないとしたら沢井さんならどうする?と聞いてきた。もしかしてあれは・・・。

 

「アメリカで、その病気を専門に研究している大学病院があって、今、そこにいるんだよ。いろいろ悩んだみたいだけどな、俺のところに挨拶にきたときのあいつは覚悟を決めていた」

 

わたしの中ではいろんなパズルのピースが埋められていくような気がして、河野くんの行動や、言葉がひとつひとつを、鮮明に思い出した。

そしてあの日、わたしが河野くんに言った言葉を思い返した。

 

―――少しでも長く生きられるように、ありとあらゆることをする

 

あの日、わたしが口にした言葉に嘘偽りはない。それが本当の気持ちだから。だけど、もし河野くんの事情を知っていたら同じことを言えただろうか。

色んな想いが溢れてきて、ただショックだった。

 

「俺は、おまえらがつきあってるんだと思ってたよ」

「・・・それはないです、って前にも言ったじゃないですか」

「それでもいつどうなるかわからないだろ。でも、河野は何も言えないよな」

「どうしてですか」

「おまえなー、自分がもうすぐ死ぬかもしれないのに、好きな子には告白できないだろ。本当に好きならなおさらな。河野みたいなやつは絶対言わないよ」

「・・・」

 

本当に好きなら。

 

「沢井もそういうところぼけっとしてそうだからな」

 

山ちゃん先生のつぶやきがぼんやりと聞こえてきた。