【サクラの木】第5話 白い天使 - 2/4

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教室に入るとむしょうに自分の席に座りたくなって不思議そうな顔をしている河野くんの前で、椅子に腰を下ろした。窓の向こうには曇った四角い空があって粉雪が舞っている。授業中眠くなるたびに、顔を上げて窓の向こうを見つめたけれど、それももうないのだと思うと少し淋しく思えた。

 

「もうこの教室で授業受けることってないんだよね」

 

しんみりとつぶやいた言葉を聞いて、河野くんは少し笑った。

 

「急にどうしたのかと思ったら」

 

冬休みに入って、3学期はもう自由登校になるので、この場所でみんながそろうのは卒業式のリハーサルと卒業式本番だけ。3年生ってあっという間。

そんなことを思っていると、河野くんは誰かの机に軽く腰をかけた。

 

「なんていうか、沢井さんとは長い縁になったね」

「そうだね」

 

初めて河野くんと呼んだのは小学1年生のときだった。

 

「ケイドロとかよくやったよね」

「ケイドロ!懐かしいなー」

 

ふと思い出した記憶の中の遊びを口にすると河野くんは思いっきり笑顔を向けてきた。

5時のチャイムが鳴るまで、わたしたちはよく学校の校庭でケイサツとドロボーというゲームに夢中になっていた。ケイサツとドロボーというふたつのグループに分かれて、ドロボーグループが校内のいろんな場所に逃げ隠れ、ケイサツグループがそれを探して追いかける、というもの。

わたしたちは放課後教室の常連で、帰る方向が同じだったこともあってか、いつも同じメンバーで遊んでいた。

 

「沢井さんてなにげにドロボーで逃げ回ることが多かったよね」

「そうそう。それで河野くんはケイサツ」

「あの頃は、先のことなんて考えもしてなかった。毎日が本当に楽しくて、いろんなことに夢中だったよ」

「わたしも楽しかった。今が楽しくないってわけじゃないけど、でも、あの頃とは違うよね」

 

将来のことも、大人の事情も、あの頃のわたしたちには関係なかった。ただ純粋に毎日を一生懸命過ごしていたのだから。

河野くんはふと顔を上げて外を見つめた。

そしてどこか真面目な口調で聞いてきた。

 

「沢井さんはさ、あと数年の命しかないって言われたらどうする?」

「え?」

「いや、ごめん唐突だよな、忘れて」

 

いきなりで、ビックリしてしまって、わたしはすぐには言葉が出なかった。でも彼が本気で聞いているのだと思うと、わたしは瞳を閉じて、一瞬だけ考えた。

わたしの中にいる小さな小さな天使のことを。

 

「少しでも長く生きられるように、ありとあらゆることをする、かな」