【サクラの木】第2話 受験生 - 2/2

(2)

「沢井の成績なら、どこも問題ないが、本当にもっとレベルあげなくていいのか」

 

山ちゃん先生はわたしの進路調査票と模試の結果を交互に睨みながら、2年の時と同じようなことを言った。

 

「あんまり背伸びすると、後で苦労しそうだもん」

「ハハハ。沢井の場合は目標がしっかりあるから、俺も安心だよ。夏期講習は参加する予定なんだろ?」

「そのつもりです」

「油断はするなよ」

「わかってますよ」

 

先生的にはきっともっとレベルの高い大学を目指してほしいのが本音なんだろうな。先生的、というよりは学校的には。有名大学にたくさん進学してくれたほうが、学校としても自慢になるし。

去年も山ちゃん先生が担任だったから、わたしのやりたいことや希望はすでに知っているし、応援してくれる。

先生との信頼関係って本当に重要なんだな、って思う。

 

「沢井との面談が一番気楽だよ」

「えー、なんですか、それ」

「沢井は大学へ行ってから将来のことを考えたいとか、とりあえず良い大学に行きたいとか、そういうのじゃないだろ」

「似たようなものですよ」

「いや、全然違うよ。明確なものがあるのとないのとではさ。もちろん、大学へ行ってから別のものに興味をもって進路変更なんていつでもできる。けど、今のモチベーションが、安定してるだろ?」

「うーん、部活引退したらモチベーションさがりますよ、きっと」

「ハハ、だろうな。気分転換に続ければいいんじゃない?」

「そういうこと言うの山ちゃん先生だけだと思いますけど」

「いいんだよ。俺は沢井の琴は好きだから」

 

やっぱり担任は山ちゃん先生でよかったと思う。他の先生だったらきっとこんな風な展開にはならないだろうから。

熱血って感じではないけれど、生徒のこと一番に考えて、いつだって一生懸命な山ちゃん先生は、多くの生徒たちに頼りにされている。

それにしても少し疲れたような表情をしている山ちゃん先生を見ていると3年の担任になるって大変なことなんだな、と改めて感じた。

 

「沢井って河野と小、中一緒だったんだっけ?」

「はい?そうですけど」

 

突然河野くんの名前が山ちゃん先生の口から飛び出して、少しドキッとした。

 

「河野って昔からあんな感じ?」

「あんな感じ、とは?」

「いや、なんでもスマートにこなすだろ」

「違うクラスなことが多かったからよくわからないけど、でも、ずっとなんでも完璧でしたよ。いつもすごいなぁって思ってたし」

「そうかぁ」

 

山ちゃん先生はちょっと考え事をしているような顔をした。

でもなんだろう。

確かに、河野くんは小学生のころからみんなの人気者でなんでもできたし、心からいろんなことを楽しんでいるように思えたけれど、今はどこか違和感がある。笑っているようで、本当は笑っていないような、楽しんでいるようで、楽しんでいないような。

わたしの気のせいかもしれないけれど。

 

「あいつって、反抗期なんてなかったのかな」

「反抗期って・・・」

「まあ気にすんな」

 

気にするな、と言われても山ちゃん先生から言い出したんだよ。

 

「そういえば、沢井はあったの?反抗期」

「ありましたよ。中学の頃、親と口きかなかったり、とか」

「女子は早いよな。でも安心したよ。沢井は反抗期があって」

「なんですか、それ」

「思春期に優等生すぎると逆に怖いだろ」

「別にわたしは優等生じゃないし」

「何言ってんだよ。他の先生方みんな褒めてたぞ。どんなことにも真剣だ、って」

 

そんなの誰だって同じだと思うけれど、そんな風に言われてることはあまり悪い気はしなかった。

 

「小さな天使のおかげかな」

 

ポツリとつぶやいたわたしの言葉に山ちゃん先生は不思議そうな顔をしたけれど、それ以上突っ込んでこなかったので少しホッとした。

なんとなくはぐらかされてしまったけれど、山ちゃん先生は河野くんの何を聞きたかったのだろう。もしかすると誰もが知ろうとしなかった河野くんの心の闇を、山ちゃん先生だけは見抜こうとしていたのかもしれない。

何もかもが完璧であり続けることの難しさを、誰もが知っているはずだった。けれど、河野くんは当たり前のように、そうあり続けた。

 

だから誰も気づかなかった。