【春夏秋冬、花が咲く】夏、君が微笑む 第一部 - 8/8

あのー。

このお部屋は1年前にも利用しましたよね?

1年前の出来事を彷彿させるこの場所は、間違いなく昨年私がハジメテを捧げたベッドルームが扉の向こうにあると思うんですけどー!?

うっ。

世の中にはこんな意地悪な人もいるんです。

ええもう、私、地の果てまで落ちた気分。

 

「何ぼーぜんとしてんの?」

「い、いえ」

「ああ、記念日思い出した?」

「・・・」

記念日ってなんですか。

上着を脱いでネクタイも外し、胸元のボタンもいくつか外し白いシャツだけになっている係長を直視できない私。

かっこいい。

かっこよすぎる。

律ちゃんの言うとおり、顔のいい男はそれだけで絵になるし目の保養にもなる。

ああ、これでもう少し性格がよろしければ言うことにないのにな。

なんでこんな人を好きになってしまったんだろう。

私ってもしかして実は面食いだったのかも。

 

「美絵」

「う・・・は、はい!」

係長が備え付けの冷蔵庫から水を取り出してコップに注いでくれる。立ちつくしている私の前までやってきて無言で手渡す。

「す、すみません」

一瞬だけ指が触れて、どきりとする。

1年前、この指に触れられた。

細長い、けれどどこか力強いきれいな指。

 

「今夜、ここに泊まるからな」

「うぇ?!ええええ!?」

思わず飲んでいた水を吹き出しそうになり慌ててごくりと飲み込む。

それはご一緒に?ということなのでしょうか?

「オマエ・・・」

「え?」

係長の顔が近づいてきて、思わず後ずさりしてしまう私。

「そんなにイヤか。まー美絵にとってみれば消し去りたい過去だろうけどな」

「め、め、めっそうもない。むしろ良い思い出です!」

「は?」

は?

今、私なんて言った?

良い思い出とか言っちゃったよー!

「いえ、だってほら、なんというか・・・」

「はっきりしゃべろ」

怖い。

「・・・・・・す、すきな人と・・・その・・・できたので」

うわー、何を言ってんだ、私は。もー馬鹿丸出し。

これじゃあ告白してるみたいなもんじゃないのー。

 

「・・・今、なんて?」

係長は怪訝な顔をして聞き返す。

そう何度もこんなこと言えないんですけどー。

「すみません!係長には好きな人がいて、報われない恋をしているのもわかってるし、私みたいな女が係長みたいな偉大な人を好きになる資格なんてないのわかってますけど・・・」

 

「美絵、俺のこと好きなの?」

「・・・すみません」

「なんで謝るのか意味わかんねーし」

「だって・・・」

「あのさー、空音のことを言いたいなら、前にも言っただろ。妹みたいなもんだって。なんだよ、報われない恋って」

「・・・」

 

「まー確かに好きだったときもあるけどな」

「ほ、ほらぁ!」

鈍い鈍いと言われてるけど、そういうことは女の直感てやつでわかるもんなんだから!

「だけど、初対面は兄貴の恋人として紹介されてんだぞ?どうこうできるわけもないしどうこうなるわけもないだろ」

「だから・・・報われない恋・・・」

って言ってるのに。

「何度も言うな!」

「ひえっ」

「あー。もう、なんでこんな女好きになったんだろ」

「・・・はいぃ?」

私は思わず変な声をあげてしまった。

なに?

空耳?

 

「だから、俺は美絵が好きなんだよ。1年前に出会った時からずっと」

「う、う、うぇええええええ!?」

 

あまりの事態に、真っ赤になってパニックになる私を係長は押さえ込むようにして抱きしめてきた。

ど、どういうことでしょう。

これは一体全体どういうこと?

夢だ。

これはきっと夢に違いない。

だって、この女子社員に密かに人気のある係長が・・・、なんだかお家がスゴイ実家のこの人が・・・私のことを好き!?

 

「落ち着けよ」

「お、落ち着けません」

「じゃあ、話くらい聞け」

「聞けません」

「聞けなくても聞け」

そんなむちゃくちゃな。

いや、むちゃくちゃなのは紛れもなく私の頭の中。

 

「1年前、カフェで後ろの席に座った見知らぬ女が見知らぬ凶暴な女にネチネチ言われてんのに、言葉ひとつ返さず頷いてるわけだ。聞きたくもねーのに聞かされて、世の中には嫌な女もいるもんだと思ったが、それを黙って聞いてる女も馬鹿だなぁと思ったよ」

「はあ・・・」

その馬鹿な女が私だと言いたいんでしょうか。

突然語り始めた昔話に私は蘇る過去を思い返す。

 

「おかげでコーヒーかぶるわ、服は汚されるわ。多大なる被害を被ったわけだ」

「すみません」

係長はなぜかゆっくりと言葉をすすめる。

たぶんそれは、私が早口では聞き取れないとわかっているから。

「俺はかなり怒ってたはずなのに、実際コーヒーを被るはずだった女がやけに興味深くてさ、なんというか怒る気も失せた」

興味深いってなんですか。

 

「とりあえず、一緒に食事をしてみたら、その女はこれまた不幸のどん底にいるらしくって、その不幸の数々をこれまたスゴイ勢いでしゃべってくるんだな」

「すみません」

なんかもう謝ることしかできないんですが。

係長は一体何をおっしゃりたいのでしょうか。

「世の中にはこんなやつもいるんだなぁと、なぜか俺の小さな失恋なんてどうでもよくなってきた」

「失恋?」

「お前に出会う一週間前、兄貴たちの結婚式だったんだ」

結婚式・・・あの怖いお兄様と空音さんの。

失恋て。

「空音さんに・・・?」

「ああ、別にわかってたことだけど、幸せそうな二人を見るのは嬉しくもあったし、どこかでもう絶対に手を出せない相手になったんだな、とね」

「そうですか・・・」

係長は思いを告げることなく失恋してしまったんだ。

やっぱり報われない・・・とか言ったら怒られるけど。

叶わぬ恋ほどせつないものはない。

 

「だから、俺は美絵に会って心を救われたんだ」

「はい?」

「まーいわゆる俺はおぼっちゃま育ちで、それまで手に入れられないものはなかったわけだ。女だって声をかけなくても寄ってくるし」

「・・・」

なんか、今、すごく常識から外れたセリフを耳にしたんですけど。

首をかしげた私の姿に係長は大きなため息をひとつこぼす。

 

「だからー、俺なりに空音のことはショックを受けてたわけなんだけど、美絵に出会って、なんかこう自分自身を見つめ返すきっかけとなったというか、まーそういうことなんだよ」

そりゃあ、あの頃の私は本当に何もかもが上手くいかなくて、落ちまくってるのに、まだ落ちるのか、というほど地の底まで落ちていた気がするけど。

それがどうして自分を見つめ返すきっかけになるのかよくわからない。

「まー始まりは身体からだったけど、俺は今度こそちゃんと好きな女と真面目に恋愛しようと思ってたはずなのに、朝起きてみたら逃げられたんだな」

どき。

逃げられたって・・・。

別に逃げようと思ったわけじゃないけど、あの時は、もう恥ずかしさのあまり逃げ出すほかなかったとういか。

どうしていいかわからなかったから。

 

「再会しても他人のフリするし」

「そ、それは・・・」

だって、普通は気まずいと思うので。

係長の方が私に関わりたくないのかと思っちゃったし。

「俺、かなり傷ついたんだけど?」

う。

「すみません」

「腹が立ったから、責任とって、なんて言ったけど、すぐにそんなのやめて、今度こそちゃんと始めたかったんだ、俺は。それなのにお前ときたら、なぜか怯え出すし、嫌がるし」

「だ、だってー」

実際怖かったんだもん。

「もういい。オマエの気持ちはわかったから。とりあえず婚約は解消しないし、結婚も進めていくからな」

「ええええええ?!」

「なんか問題あるのか?」

「大有りですよ!それとこれとは話がちが・・・ふがっ」

唇をふさがれて、私は息も出来ずもがいてみる。

手に持っていたコップが係長に奪われ、私はそのまま係長の長いキスを受け入れた。

 

「美絵チャン?両思いなんだからもう問題ないよね」

 

にやっと意地悪そうに笑う係長は紛れもなく私の上司で、ハジメテの相手。

そして、私の好きな人。

 

「さて、着替えて行くぞ」

「え?ど、どこへですか!?」

「どこって、デートに決まってんだろ。まだ時間も早いし」

デート?

どうしてまたデートなんて。

「まずはここから始めないとな。ほら。なにぼーっとしてんだよ」

まずはここから。

 

「え?」

 

それはつまり。

 

「俺と付き合えって言ってんだろ」

「は、はい!」

 

勢いに負けて私は思いっきり返事をしてしまう。

なんでこんなに強引なのかわからないけど、とりあえず私の思いは報われたということなの?

 

「トロトロすんなよ」

「はい!すみません!」

 

私は、なぜか部屋に当然のように運び込まれていた私物のバッグからもともと着てきた洋服を取り出す。

まさか、彼の目の前で着替えるわけにもいかず、私は洗面所に洋服を持って駆け込んだ。

なにがなんだか、まだ頭の中は混乱中だけど、デートという言葉が妙に心に響いて、私は急いで着替えをすませて出て行く。

いつの間にか、係長も着替えを済ませていた。

ジーンズ姿もかっこいい・・・。

思わず見とれていると、係長は少し不機嫌そうに背を向けた。

 

「ほら美絵、行くぞ」

「は、はい!」

 

季節は新緑の萌ゆる初夏。

私は彼の背中を追いながら、ゆっくりと微笑んだ。

 

 

後日談

 

「この会社に入れたのってもしかして尚弥さんのお力添えだったりするんですか?」

「まさか。俺にそこまでの力はねーよ。まあ、美絵がこの会社を受けるように陰で誘導したのは俺だけど、実際面接と筆記試験で合格したのは美絵自身の実力」

誘導!?

就職課の担当の人に勧められたのはこれが理由だったの!?

「じゃあ、落ちたらどうするつもりだったんですか?」

「大学まで乗り込んでた」

「なんで大学知って・・・」

「美絵が酒飲んで自分の通う大学名ペラペラ言ってたんだろ」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ・・・」

 

何度目かのデート先で、ランチの時にさりげなく聞いてみた事実に、私の入社はともかく、配属先は絶対この人が口を挟んでいたんだろうと密かに思った。

 

 

 

END

 

 

 

あとがき?

 

さくっと読めるお遊び感覚のお話にしたかったんですが、なんか予想よりも長めになってしまいました。

第一部的なお話はここで終わりです。

一応、基本はラブコメなのであまりドロドロな展開にはなりません~。