【春夏秋冬、花が咲く】夏、君が微笑む 第一部 - 6/8

「オマエ、なに泣いてんだよ」

入って一言目がこれ、っていったい何なのでしょう。

しかも”優しい沢村係長”じゃないし。

「な、泣いてないですよ」

「目、赤いけど?」

「花粉症です!」

「・・・」

マズイ。

6月のこの季節にもはやスギ花粉はほとんど飛んでない。

 

「ふーん、季節外れの花粉症は大変だな。で?」

「で・・・って?」

「なにがあった」

「何もないです」

「じゃあなんで泣いてたんだよ」

このヒト、全然人の話聞いてませんよ。

「泣いてないですって」

「美絵って嘘つくの下手だよな」

「・・・」

「あいつらに話したのか?」

「え?」

「田中と北野」

田中と北野って・・・柚葉ちゃんと律子ちゃん?

話したって何を?

私が頭をかしげていると、もーいいや、とため息をつく係長。

 

「そんなにイヤ?俺との婚約」

 

う。

係長は私が恋人役までは引き受けても婚約者までは・・・乗り気になっていないことに気づいている。

私だってそこまでは即座に断ったくらいだし。

 

『ムリムリムリムリです!絶対ムリ!婚約ってなに考えてるんですか!』

『別にたいしたことじゃないだろ。たかが俺の婚約者だと発表するだけ』

『たかが、じゃないですって!』

『別にイキナリ結婚じゃねーし。婚約なんていつでも破棄できるんだし』

『ムリですーー!』

 

そんな会話が延々と繰り返されたけど、結局私は係長に従うはめになる。

来月には予定通り、係長と私の婚約発表。

イヤとかムリとか、本当はそういうことじゃない。

だって、付き合ってもいないのにイキナリ恋人で婚約だよ?

そりゃ確かに、付き合ってもいないのに、出会ってその日にバージンを捧げた私も私だけど。

だからって、たとえふりとはいえ、そんなことって本当に許されるの?

 

そのうち係長に空音さんより好きな人が現れて、本当に婚約してしまったら、私は用なしになってしまって、あっさりとポイ捨てされちゃうんだ。

「オマエ、もういらないし」とかって!

・・・そう。

そんなことになってしまったら、私はきっと立ち直れない。

私が一番怖いのは本当は、係長に必要とされなくなること。

 

「係長は、私でいいんですか?他に頼めそうな人とかいらっしゃられないんですか?」

「は?オマエにしかできないから言ってんだろ」

なんで。

やっぱり責任とれってそういうこと?

そういうことなの?

そりゃあね、係長の好きな空音さんはもう人妻だし、頼めないのはわかるけども。

どーしてこんななんの取り柄もない私が婚約者のフリをしなければいけないんだろう。

しかも?

海棠グループのパーティなんて想像もできないんですけど!

 

「はあ・・・」

 

私が思いっきりため息をつくと、係長は怖い顔して睨んでくる。

うわ。

この顔、お兄様にそっくりだ。

「係長は、一年前に一度・・・その・・・会っただけの見知らぬ女の私みたいなのってイヤじゃないんですか?」

おそるおそる聞いてみる。

「・・・今は同じ課の上司と部下だろ」

「いやでも・・・」

「なに?美絵、実は他に好きな男いるとか?二股かけてんの?」

「いえ、まさか」

「だよな」

好きな人はなぜかこの偉そうにしゃべる目の前にいる人です。

なんてどうして言えよう。

 

「まあ、婚約発表さえ無事に終われば解放してやるから」

「え?」

一瞬、耳を疑った。

解放?

「つーか、仕事戻らないと。美絵はここでしばらく休んでれば?顔、不細工だし」

「なっ、なっ・・・」

不細工って、そりゃー、そんなに美人じゃないと自分でもよくわかってるけども!

はっきり言わなくたっていいじゃない!

「じゃあね、佐伯サン?」

(表面だけ)優しい上司に戻って、会議室を出て行く係長。

一体何を考えてるのでしょう。

婚約発表さえって、最初からそれが目的で、私に責任とってとか言ったのかな。

私が断れないのをわかってて。

たまたま都合のいい女が現れたから。

 

解放。

 

婚約発表が終われば、私たちはただの上司と部下になる。