【春夏秋冬、花が咲く】夏、君が微笑む 第一部 - 5/8

「美絵さー、沢村係長といい感じだよね?」

「え!?はぁ!?」

お昼休み、いきなり柚葉ちゃんの口からそんな一言が飛び出し、私は飛び上がりそうなほど心臓がドキドキしてしまった。

いい感じとはなんでしょう。

所属部署の違う柚葉ちゃんがいい感じ、とか言うくらい私と係長の間だって近しく見えるの!?

私は早まる心臓を抑えながら、必死で冷静さを保って、目の前のお弁当のご飯を箸でつつく。

「鬼のように仕事させられてるだけだよー」

あはは、と笑いながら言ってみる。

柚葉ちゃんはけっこうスルドイ。

はっきりきっぱりしている性格も好きだけど、社内のあれこれをズバッと見抜いてたりするから話を聞いてるのは面白いけど、自分のことまで話題にされてしまうとちょっと困る。

 

「あー、よく使いっ走りさせられてるもんね?」

「う、うん。そうでしょ?」

「でも、係長優しそうだし、いい上司だよね」

「そ、そうだねっ」

ああ。

柚葉ちゃんでもあのヒトの裏の顔までは見抜けないんだわ。

そこまで徹底して社内では優しい沢村係長を演じてるってことなんだ。

うう。ど、どうして。

あの優しい顔の裏にはとんでもないお顔が・・・なんて口が裂けても言えないよう。

「美絵は?いいな~とか思わないの?あたしの予想では係長は美絵のこと狙ってるように見えるんだけど」

「えええ!?」

 

狙ってるように見えるって。

イヤ確かに、狙われて・・・というか、強制的に彼女にさせられたり、結婚のお話まで出てたりしてますけど?それはあくまで、係長の政略結婚対策として、利用されて・・・じゃなくて協力しているだけであって、正式な彼女ではないし・・・。

そ、そんなこと絶対言えない言えない。

 

「か、係長には好きな人いるみたいだよ?」

嘘じゃない。

妹みたいとか言ってたけど、係長はきっと空音さんの事が好きなんだと思うし。

「へー、そうなの?」

「うん」

 

あ、でももう空音さんは人妻だし、お兄様とラブラブっぽいから係長とは万が一にもありえないとは思うけど、男の人って失恋をいつまでも引きずるっていうし。

私なんてあのサイアクの日にすべて忘れ去ってしまったのに。

忘れ去るきっかけをくれた人に、今頃思い出させられたりしてるけど。

そしてそんな人を好きになりかけてる私。

ああ、憂鬱だ。

私の頭の中には係長の言葉がぐるぐると回っている。

 

『本題?まだなにかあるんですか・・・?』

そうおそるおそる聞いたあたしに、係長はにっこりと不気味な笑みを浮かべて言った。

 

『そう、来月の婚約発表のことでな』

 

婚約発表。

 

どうしてそんなところまで話が進んでいるのか私にはさっぱりわけがわからない。

ただの彼女役だけではなかったのか。

 

「片思い」

「えっ」

「私のね、片思いかなぁって」

「美絵・・・」

私の小さなつぶやきに柚葉ちゃんは目をぱちくりさせた。私はそんなに切なげな表情をしていたのかな。必死で私のことを励まそうとしてくれた。

そのうち律子ちゃんが少し遅れてやってきて、同じように励ましの温かい言葉をたくさんくれた。

入社早々、こんなに良い友達ができたのに、私は本当のことを言えない。

どうすればいいのかわからなくなっても、こんなこと誰にも相談できない。

すべては私が引き起こしたことなんだ。

思わず涙が出てきて、これまた二人をびっくりさせてしまった。

泣くつもりなんてなかったのに、どうしてかな。

裏表の顔をしっかり使いわけてて、本当の係長はとても意地悪で・・・仕事でも容赦なくこき使われるし。

それでもどうしてかな。

彼はどん底にいた頃の私を救ってくれた人だった。

私は知っている。

係長は見知らぬ女で迷惑をかけまくった私の話を聞いてくれて真摯に受け止めてくれた人。

 

「佐伯さん。これ持って、第3会議室にいて」

「はい」

お昼休みが終わって自分の席に戻ると、いきなり係長から冊子のようなものを渡された。

なんだろう。また何かの研修だろうか。

全員での研修は会社の概要だけだったため、それぞれ配属された部署で個別の研修は何度かある。けれど、その時はいつももう一人の新人の男の子有吉君も一緒だ。

 

第3会議室に入ると私一人だけだった。

この部屋会議室と言っても、5、6人くらいしか座れないので小さなミーティングや、個別研修でよく使われていて、私も何度か利用したことがある。

窓から見える景色はビルビルビル。

こんなオフィス街に建つビルのひとつで私は今働いている。

せっかく就職できたのにな。

 

って。

今。

わたし。

 

ものすごく恥ずかしいこと考えた。

やめちゃおうかな、なんて。

その時。

 

がちゃ、と。

 

重たい扉が音を立ててゆっくりと開いた。