【春夏秋冬、花が咲く】夏、君が微笑む 第一部 - 4/8

「美絵?」

係長の車に押し込められ、どこへ向かうのか分からないけど見知らぬ街の見知らぬ道路を走っていることがかろうじてわかる。

信号で止まった瞬間、そんな私を心配そうにのぞき込む係長。

 

「一体全体どうなってるんですか!もーわけがわかりませんっ!海棠ってどうして係長は偽名使ってたりするんですか!?それに結婚とかお見合いとかなんなんですか!」

「おー、やっと美絵らしくなってきたな」

「は!?」

「いや、初めて会ったときもそんな感じで怒り狂ってたよな、オマエ」

「そ、それは!」

またしてもこの人は思い出したくもない過去を彷彿させるようなことを・・・。

「せっかく再会できたのに妙によそよそしいからショックだったよ、俺は」

「だって上司だなんて・・・夢にも思わないじゃないですか。それになんだかこ、怖いし・・・」

「怖い?まあ、あまりに怯えてる姿が面白くてついつい虐めたくなっただけだろ」

 

こ、この笑顔が怖いんだってば!

ていうか、わざと?わざとなの!?

責任取ってなんて言ったのも?

 

「うーん、まあ白状しましょう。このまま美絵チャンにわけもわからずつきあってもらうのも面白いけどな」

いえいえ、ホント勘弁してください。

「まーつまり沢村を名乗ってるのは、海棠だと目立つし仕事もやりにくいだろ?」

「そうでしょうね。でもだからって偽名で入社なんてできるんですか?」

「普通はできないね。でも俺、縁故入社だから」

「縁故・・・」

そんなことを堂々と言う人初めてですって。

「社長に手伝って、と言われ、まあ俺も面白そうだと思ったし、実際面白いし」

「社長とお知り合いなんですか!?」

「あの人、俺の元家庭教師」

「えええええええ!!」

「ついでに、海棠グループはウチの会社に投資もしてるし筆頭株主でもある」

 

なんだか信じられない事実を知ってしまった気がする。

ていうか入社早々こんな内部事情を知ってしまっていいのかしら、とさえ思ってしまう。

「以上」

「え、いや、以上って、結婚云々の話まだですけど!」

「あ、気づいてた?」

こ、この人どさくさに紛れて、ごまかそうとしてたわね。

「うーん、どこから話せばいいんだ?けっこう複雑なんだよな、イロイロと」

「はあ・・・」

 

そうして、係長はしぶしぶといった感じで、簡単にかいつまんで話をしてくれた。

 

真相はこのとおり。

なんだか海棠グループに取り入りたいどこぞの社長さんたち(守秘義務のため社名は内緒らしい)がご自分の令嬢を嫁がせようと躍起になっていて、最初はお兄様の方が狙われていたけど、結婚してしまったので、白羽の矢が弟である係長に当たったと。

逃げ回っていたけど、ついにお見合いだけはすることになってしまったらしく、そこではっきりと彼女がいるからとお断りをしたはいいけれど、相手方は婚約もしていないような女なんて眼中にないらしく、しつこく言い寄られている・・・と。

なんだか違う世界の話を聞いているような気分になってしまう。さすが上流階級の方々ってやることなすこと常識はずれてるというか庶民の私には受け入れがたいお話デス。

 

「で、係長はさっさと結婚しなきゃいけないんですか?」

「そういうことだな」

「どこぞの社長令嬢はダメなんですか?」

「美絵チャン、私利私欲の為の結婚なんて幸せになれると思ってるんだ。へー」

うわ、その冷たい視線、やめてください。

「だってほら、政略結婚とかありそうな世界の話をしているので・・・つい・・・」

「ふーん」

もー、そんな上流階級のお話なんぞ、私にはわからないんですって。

あ、でも。

「お兄様は空音さんと恋愛結婚だったんですか?」

「あー。恋愛というか求愛?兄貴が空音にぞっこんで」

「ええっ」

あ、あの氷のような冷たい表情をした人が!?

あたしは思わずさっきまで目の前にいた男の人を思い浮かべながら想像してみた。

無理!想像できない!

あんな人が求愛だなんて。

いやでもあんなに綺麗な女の人ならありうるのかな。

 

「空音さん、美人ですもんね。・・・か、係長も好きだったんでしょう?」

ぎゃ。思わず聞いてしまった!しかもストレートに。

あたしは自分の口を思わず手で押さえながら隣で運転している係長をおそるおそる眺めた。

 

「何言ってんの?美絵チャンてばもしかしてヤキモチ?」

「はあ!?い、いえ違いますよっ」

「つーか、確かにかわいがってはいるけど、空音は美絵よりも年下だぞ?まだハタチかそこらだし、妹みたいなもんだよ」

「えええええっ」

あたしよりも年下!?あれで?

あんなに落ち着いてて綺麗な女性が・・・

あまりのショックに口がふさがらない。

「アイツ、見た目と中身のギャップが激しいからなー。兄貴も10も歳が離れてんのによくやるよな」

 

10歳の年の差・・・。

いやほら年の差カップルなんてイマドキ珍しくはないけれど、身近にはいなかったものだからなんだかドキドキしてしまう。2つ3つの年の差はよくあるけど。

そうか、10歳の年の差を乗り越えて・・・しかも何?政略結婚にも負けず愛を貫くなんて、なんてなんてロマンティック・・・。

思わず両手を合わせて妄想を膨らませてしまう。

マンガのようなドラマのような世界がこんなところに存在していたなんて。

 

「おい」

「・・・」

「美絵」

「・・・」

「おい!!美絵!!」

「は、はいっ」

「・・・楽しい想像はそのくらいにしておこうネ?」

きゃー。ご、語尾が怖いっ。

「で、美絵のギモンは解決済み?」

「え、あ、まあ・・・そうですね」

「じゃあ、本題といこうか」

「本題!?」

 

まだなにかあるの!?