【春夏秋冬、花が咲く】春うらら 出会い編 - 6/6

初めてグリーン車に乗った。

さすが広い。

隣に座っているのが社長。というのはさておき、あたしは出張のスケジュールに目を通していた。出張同行初体験、というからにはなるべく失敗はしたくない。

あれから社長にはお店リサーチだとか言われ、何度か食事に誘われた。どこのお店もすごくおいしくてあたしは大満足。

けれど、どうしてもドキドキしてしまう自分は隠せない。

食事のときの社長は優しくて紳士だ。話も面白い。食事だけでなく時間も楽しませてくれる。

社長はどういうつもりであたしを誘っているのだろうか。

やっぱりただ単にお店のリサーチ?

頑張ってる社員にご褒美とか?

食事代は社長のポケットマネーのようだし、いつも払わせてくれないし・・・。

それを考える度にわけがわからなくなって、なぜか落ち込む自分がいて。

あーもうイヤだ。

この雑念をどうにかしたいのに、社長秘書という立場上、ほぼ毎日顔を合わせなければならない。

決して消すことなどできない。

もしかしてあたしは社長が好きなの?

いや、違う。そんなことはあってはならない。

あたしはちらりと横に座る社長を見つめた。

窓際に座って、今日の打ち合わせで使うのであろう書類に目を通している。真剣な顔。こういう時の社長はやはり女子社員が騒ぐように素直にかっこいいと思う。

 

「どうかした?」

ぎゃ。心臓がっ。

さりげなく見ていたのを気づかれたあたしはとっさに、景色がキレイですね~なんて言ってみる。

丁度富士山が見えていた。よかった。うまく切り抜けたよ。ありがとう富士山。

でも心臓はばくばくと激しさを増す。

いかん、いかん。こんな男に惚れては身の破滅よ。

「ああ、ホントだ。今日はよく見えるね。いつもあんまり景色とか気にしないからなぁ」

「あ、そ、そうですよねっ」

そりゃあ、しょっちゅう大阪やら京都の関西方面にはでかけてるから、今更なんだろうな。

「まあ、柚葉ちゃんもこれからは何度でもこの景色が見れるようになるよ」

「・・・え?」

「これからはだいたい柚葉ちゃんに同行してもらうし」

「えええ?」

「・・・ええって、アナタの仕事は?」

「社長秘書?」

「そのとおり」

社長はにこっと微笑む。

こ、この笑顔が怖いんだってば。

 

打ち合わせは2時間ほどで終わり、夜はそのまま一緒に会食。

相手方はなんだかとても和やかな人で、会食には奥様同伴していたので、あたしは窮屈感は一切感じなかった。奥様もいろいろとあたしに話しかけてくれたし。

食事も京都の有名な町屋の京料理。

前のお見合い会食とは違って、料理も十分に堪能できた。

社長もご機嫌な様子で、あたしはほっとした。

この間は恐ろしいほどピリピリ空気だったからなー。そういえばあの麗香さんとは連絡をとったりしているのだろうか?

会社には一度も電話はかかってきてないけど。あれは諦めの悪そうな女だった。

あたしもあれくらい美人だったら、彼氏なんてよりどりみどりだったのかなぁ、なんて考えてしまう。

 

ホテルに着いてチェックインをすませると、あたしは社長に声をかける。

「明日のスケジュールなんですけど」

「ああ、部屋でね」

部屋で・・・ってあたしは社長の部屋まで同行なのか?

でも、スウィートルームを見てみたいという好奇心もあってそのまま素直に従う。

そう、人を疑わないあたしの性格がこの後、災いをもたらすことになろうとは、思いもしていなかった。

「うわ、すごい」

あたしの口からは思わず正直な気持ちが言葉になって零れた。

さすがスウィート。リビングがあるよ。しかも眺めもかなり良さそう。

「柚葉ちゃん、座って。何か飲む?」

「え?あ、あたしすぐに出ますよ?」

「・・・行かせないって言ったら?」

「え?」

社長はあたしの手首をつかんだ。あたしは思わず持っていたバッグを落としてしまう。

薄暗い部屋だけど、こんなに近ければ社長の表情もすぐにわかる。

真剣な瞳があたしのものとぶつかる。

ドキドキする。

な、なんなのこれ。

 

「明日のスケジュールは?」

緊張を解かすように社長が笑顔になる。

「あ、ハイ」

あたしはドキドキする心臓を必死でおさえながらもスケジュールを読み上げていく。

「了解。じゃ、これで仕事は終わりだよね」

「ハイ」

「ここからはプライベートな時間」

「え?」

あたしは社長の腕の中にすっぽりとおさまる。

「柚葉ちゃんにははっきり言わないと伝わらないようだからはっきり言うけど。僕は柚葉ちゃんが好きだよ」

「・・・」

い、いまなんと?

 

「ずっと君が好きなんだ」

 

ええええええええええええ!?

 

きっとあたしの顔は真っ赤だ。

ゆでたこのように真っ赤になっているに違いない。

この部屋がもっと明るい照明で包まれていたならば、それは明々白々。

「あ、あのっ。しゃ、社長?」

「今は勤務時間外。名前で呼んでほしいな」

「ふ、藤原さん・・・」

「前は春樹って呼んでくれたのに」

「だってそれは・・・」

恋人同士のフリだったから。

と言おうとして、あたしの唇はふさがれた。

半ば強引に奪われたあたしの唇。

けれど、なぜかイヤではなかった。

素直に受け入れてしまう自分。そして心地よいとさえ感じてしまう自分。

思わずこのまま身をまかせてしまうような甘い吐息。

「そういう顔されるとOKしてくれたって思うよ?」

「え、あの」

「僕のこと嫌い?」

「いえ、そんなことは」

「じゃあ、好き?」

 

好き・・・。

 

そりゃ好きかきらいかと聞かれたら好きだ。

細かいところに気がつくし、気が利くし、社長なのに偉そうでないところとか、部下で年下のあたしに対してもとても丁寧な扱いだし、そういうところ、いいな、と思う。

イケメンなんて・・・と思っていたあたしの心を見事にひっくり返した人。

意地悪な副社長と親友だなんて信じられないほど、優しい人。

きっとあたしはこの人が好きだ。

けど、この人はあたしの上司で社長。

色恋に溺れていい相手ではないハズなのだ。

「あの・・・」

なんて言っていいかわからない。

ここで素直になってしまっていいのだろうか?

あたしの立場はどうなるのだろうか?

冷静な自分が問いかける。

そうだ、社長秘書になるときに言われた。変に期待されると困るって。そう言ってきたのはこの人たちだ。

 

「もしかして、最初に言ったこと気にしてる?」

図星をつかれ、あたしは黙って頷いた。

「僕たちの立場に憧れて軽い気持で秘書なんてやってもらうのは困るんだけど、柚葉ちゃんはちゃんとしっかり仕事はこなすでしょう?公私混同はしないし。何度も誘惑してるのに落ちてくれないし」

「え!?」

誘惑って。

「初めて会ったときからいいな、とは思ってたけど。一緒に仕事をしてもっと好きになった」

真剣な瞳にいまにも飲み込まれそうになる。

あたしは今までこんなにストレートに告白をされたことは一度もない。

「えー、っと」

「柚葉ちゃんは、僕の社長という肩書きを全部取り払って、僕個人を見てどう思う?」

あたしは顔をまともに見ることが出来なくなった。

食事の時はいつも楽しかった。

一緒にいるとドキドキしている自分とともに安らぐ自分もいた。

この楽しい時間がずっと続けばいいのにと、思ったことだってある。

会社を出た後の彼は、とても魅力的な存在だった。

だからこそ、自分には相応しくないのだと、悲しい気持にもなった。

「えー・・・」

み、見つめられてる・・・。どうしよう。

「好き?嫌い?どっち?」

に、二択できましたかっ。

後ずさりしているうちにいつの間にか後ろは壁、数センチ前には社長の真剣な顔。

ぎゃー。

あたしは思いっきり目を瞑った。

 

「す、好きです」

あたしは小さく答える。

「聞こえない」

絶対聞こえているはずなのに。こういうところは意地悪だ。

「好きです」

もう一度あたしは言った。社長を見上げた瞬間、あたしの唇は再びふさがれた。

さっきの触れるだけのキスではなかった。

舌が唇を割るように滑り込んでくる。重なる吐息。絡み合う熱い唾液とともに舌が触れあう。時々舐めるように唇を吸われ、その度に、肩がびくりとする。

唾液の混じり合う艶めかしい音が静かな部屋に響く。

あまりにも力強い社長の腕は、いっこうにあたしの身体を離してくれることはなく、あたしはキスだけで力が抜けていくのがわかった。

こんな激しい熱いキスをしたことがない。

「んっ・・・」

足ががくっとなった瞬間、社長はあたしの身体を支えて、そのまま抱き上げるようにお姫様抱っこをする。

「え?しゃ、社長、おろしてください」

「仕事はもう終わってる」

「・・・は、春樹さん・・・」

 

「なに?」

「あの、おろしてください」

「ダメ」

ダメって。即答されても。

この状態はどうしろと?

「両思いになった大人の男女が同じ部屋にいたら、することは決まってるよね?」

「ええ!?」

イキナリですか?!

いや、だって心の準備という物が。ていうか展開が早すぎてついていけないんですけど。

そんな混乱しているあたしとは裏腹に、社長はクスクスと笑いながらあたしの身体を隣のベッドルームまで運んでいく。

いや、だから。

うわ、すごいベッド。広いしふわふわ。

じゃなくて。そんな感触を味わっている場合ではなく。

あたしは起きあがろうとするけど、社長の身体がぐいっとのしかかってくる。

「イヤ?」

・・・イヤではないですが。

ど、どう返事をしていいのやら、なんて頭で考えを巡らせていると。

「無言はOKと受け取るよ」

ぎゃー、近い近い近い。

ますます縮まる距離に、あたしはなんとか口を開く。

「い、いやって言ったらやめてくれます?」

「やめない」

「なっ・・・」

そんな。じゃあ、イヤ?とかなんで聞くのよ。

ていうか、社長ってこういう強引なタイプだったわけ!?

「やっと手に入れた、もう待てない。観念して?」

うわ、この笑顔。

「うひゃあっ」

首筋へ伝う社長の唇の感触にあたしは思わず変な声をあげてしまう。

「あ、あのっ」

「なに?」

「シャワー・・・とか?」

「あとでね」

ちーん。

社長のキスの嵐を受け止めながら、あたしはもう、逃れられないことをはっきりと実感した。

 

その夜、あたしは朝まで寝かせてはもらえなかった。

気怠い朝を迎え、立つことさえままならなかったあたしの横で、スッキリとしたさわやかな顔をしている男を見て、こいつは本当に34歳なのだろうか、と疑惑を持ったのは言うまでもない。

 

 

エピローグ

 

しばらく起きあがれなかったあたしのために社長はルームサービスで朝食をとってくれた。

浴室の鏡に映された自分の肌には赤い印がいくつも刻まれ、昨夜の痕跡にあたしは恥ずかしさでいっぱいになってしまう。

シャワーを浴びてさっさと服を着たけれど、気怠さは残ったまま。

帰ったら仕事があるのに。と思っていると、社長は笑顔で言った。

「柚葉は、今日は直帰でいいよ。」

「え?社長は?」

「僕は一旦、社に戻るけど」

「じゃあ、あたしも・・・」

「んー、昨夜無理させちゃったしね。体調崩されても困るし。今夜も激しい夜になるから」

「えええ?」

こ、今夜!?

「ハハ、冗談」

じょ、冗談に聞こえないんですけど?

ていうかその体力はどこから来るんでしょう!?

次の日、出勤したあたしの顔をニヤニヤしながら見つめていたのは副社長だった。

この出張企画、どう考えてもあたしをはめるためだったとしか思えない。

ああ、これからどうなるの、あたし。

 

 

 

END

 

 

 

あとがき

 

柚葉ちゃんは理数系です。

仕事に対してとても真面目でしっかりした女の子のハズ。

でもものすごく単純で騙されやすいみたいです。

 

こんな会社あるのか?と思いつつも、作り話だしー、ということで楽しく書きました。

恋人編も楽しんでいただければ嬉しいです。