【春夏秋冬、花が咲く】春うらら 出会い編 - 3/6

「ねえ、柚葉ちゃん・・・」

「コーヒーのおかわりですか、社長」

「すごいよくわかったね」

 

半ば強制的に社長秘書になって3ヶ月。

社長の実態がだんだんわかってきた。

というか、あまりにも信じられない社長の姿を、あたしは日々見せつけられるハメになっている。

社員や来客の前で見せるあのクールで爽やかな姿はここにはない。

だらけきった格好で、適当に社長印を押していたり、時々ぼーっと外を眺めては良い天気だなぁ、こんな日に仕事なんてできないよなぁ・・・なんてつぶやいてみたり、気がつくと居眠りまでしていることもある。

いやもちろん、外出していることも多いし、接待もしょっちゅうだし、ほとんどの会議にも出席しているけれど。

みんな、絶対に騙されている。

ああ、なんでこんな人の社長秘書なんてやっているのだろう。

あたしが想像していた社長秘書の仕事とはあまりにもかけ離れたこの状況を、自分でも信じられない気持ちで日々過ごす。

あたしはついでに自分の分のコーヒーも淹れる。

せっかく高級豆なんだし、いただいておかないと、なんて思いつつ。

デスクに戻るとすぐに電話が鳴った。

受付からではなかったので、個人的な電話だと解釈する。最初は社長自ら出ていたが、すぐにめんどくさいから、と言ってあたしが取り次ぎをすることになってしまった。

まぁ本当に個人的に仲のいい人は社長室ではなく携帯に電話してくるからだ。

 

「社長、大原氏と名乗る方から個人的にお食事に、とのことですけど」

「え、やだ」

 

名前を聞いた瞬間露骨にイヤそうな表情を浮かべる社長。

え、やだ・・・って30代の男が普通言うか?社長のくせに。

 

「あの人会うと必ずお見合い話なんだよね。困ったな」

「しばらく予定が空かないとでもお伝えしておきましょうか?」

「そうしてほしいけど、嘘がバレバレっぽいから、明後日の夜なら空いてるって伝えて。あ、予定なかったよね?」

「明後日はないはずですけど。じゃあ伝えておきますね」

 

あたしは、社長に言われたとおり伝えると、先方もそれでいいと言ってきた。

受話器を置いて、パソコンの社長のスケジュール表に『19時:大原氏と会食』と加え、場所も言われたとおり入力した。

「あーやだな。憂鬱」

社長はデスクに突っ伏してブツブツ言っている。

そんなにイヤなら断ればいいのに。なんて思ってしまうけど、社長という立場上断れないのだろう。

やっぱりめんどくさそう。

きっと結婚相手なんてものもぐだぐだ言われたりするんだろうな。

律子、やっぱり社長夫人なんてめんどくさいだけよ、なんて思ってみたりする。

 

「柚葉ちゃん、明後日の夜暇?」

「は?」

その次に、とんでもないセリフが社長の口から飛び出した。

「一緒に行って」

あたしはぽかーんと社長を見た。

冗談ではなさそうだ。

「な、なんであたしが一緒に行かなきゃいけないんですか!労働時間過ぎてますから!」

「もちろん残業手当出すから」

「・・・それって社長命令ですか?」

「そう、命令」

 

あたしは思いっきりため息をついた。

最初に、『社長秘書兼時々付き人』なんていう説明があったなと頭をよぎる。

こういうのも付き人の仕事って言うのだろうか。ありえない。

「まあ、ほらおいしいもの食べれるから」

「・・・はぁ」

そういう問題じゃないんですけど。

でもまあきっと高級料理には違いないんだろうけど。

 

「あ、もしかして金曜だし彼氏と約束でもあった?」

「いえ。残念ながらそういう人はいないので」

「あ、じゃあよかった」

 

そのよかった・・・が約束がなくてよかったではなく、彼氏がいなくてよかった、と思われていることを、あたしはまだ知るよしもなかった。

「あ、そろそろお昼なので出てきてもいいですか?」

「ああ、うん、いいよ」

あたしは時計を見た。

うん、今日は律子たちと一緒に食べれそうだ。

 

「どうよどうよどうよ。社長秘書」

久しぶりに休憩室でお昼をとれることになったあたしは、律子にイキナリ詰め寄られる。まあ想像はしてたけど。

社長のスケジュールの関係であたしのお昼時間はいつもバラバラだった。そのせいで、こうやって一緒に食べれる機会がうんと減ってしまったのだ。

「え、別に普通だけど?」

とりあえず、社長と副社長の裏の顔は黙っておく。

だぶん言ったところで信じてはもらえない。そして言ってしまえば副社長にどんな目にあわされるかわからない。

そう、あれから副社長は時々顔を出す。

そのたびに性格の悪さを実感させられるのだ。

前から副社長はかなり女好きで、手が早いとか、高級クラブの常連だとか噂があったのは知ってるけど、性格まで悪いってどうよ?

あの爽やかな笑顔に騙されては駄目。

 

「つまんないわねー。いろいろ裏話が聞けると思ってたのに」

「そんなのないよ。あたしは淡々と仕事をして帰るだけ」

「社長と会話したりしないわけ?」

「必要以外はしないよ」

 

それは本当のことだったが、少しだけ嘘だった。

確かに仕事の話は以外はしない。けど、たまーに社長からいろいろ詮索されることもある。

でもそれはたぶん深い意味はないのだ。

単に社長の暇つぶしにすぎない。

「あー、でもけっこうお見合い話とか多いみたいよ」

これくらいいいよね。別に。

 

「そりゃそうでしょうねー。年齢的にもいい歳だもんね。34くらいだっけ、社長」

「そうだね」

「やっぱりお金持ちのお嬢様と結婚するのかね」

「さあ。一応断ってはいるみたいだけどね」

「へえ、じゃあ実はいるのかしら、本命が」

「そこまではわかんないけど」

「そういうミステリアスなところがまた素敵よね」

アナタは社長の本性を知らないから・・・なんてことは言えるはずもなく。

「そういえば美絵は?」

「あー今日は係長と一緒みたいよ?」

「え?ついにくっついたの?」

「んー、その辺はまだはっきりしないみたいだけど?」

「もう、美絵もけっこう奥手だからね」

「そうね。でも時間の問題よ、あそこは。どこからどう見ても相思相愛なのに」

「あはは」

 

最近は社長室にこもりっぱなしなので、そういう社内恋愛状況にもまったく疎くなってしまったあたし。

情報源は律子と、紀美ちゃんだけだ。

 

「律子はあの新人君どうなのよ」

「あー、なんかラブラブの彼女いるみたいよ」

「そうなんだ、残念ね」

「新しい男を捜さないと。ね、今度合コンしようよ」

「はあ?あたしそういうの嫌いって知ってんでしょ」

「えー、いいじゃん。たまには」

たまにはって・・・。

「ぎゃっ、そろそろ行かなきゃ」

 

時計を見てビックリする。休憩時間の1時間なんてあっという間だ。

少し離れた場所にある社長室までは早めに戻らないといけない。

「大変ね~。でも毎日目の保養になっていいでしょ?」

「あたしがイケメン嫌いなの知ってるくせに」

「あはは。まぁいいじゃん。まったね~」

「んじゃね」

あたしは急いでお弁当箱を片付けると、律子を残して急いで戻った。

「3分遅刻~」

たった3分遅れただけで・・・。

社長室に戻った瞬間に笑顔で言い渡された最初の言葉に、あたしはため息をもらした。