【春夏秋冬、花が咲く】冬の小鳥 雪どけ - 5/6

「おはよう。」

「おはよう、早いのね。」

「うん・・・。」

 

それはいつもどおりの休日の朝だった。

朝起きて、キッチンへ入ると母に挨拶をする。

昨夜は送別会で遅くはなったけれど、あまりお酒も飲まなかったし二日酔いなんてことにはなっていない。

 

あの後・・・速人さんもホテルの部屋に戻ってきて、二人で少しだけ話をした。

2次会、3次会とあるようで、昨夜はあの部屋に泊まるって言っていた。

他の飲み会とは違って送別会はやっぱり会社の為に頑張ってくれた人たちを送り出す会だから最後まで出たいのだそうだ。

そういうところ、やっぱり凄いなぁと尊敬する。

私は、そのまま少し休憩して・・・家に帰ってきたけど・・・。

彼はきっと今日は疲れて寝てるだろうな、と思った。

 

「ねえ、お母さん。」

「どうしたの?」

「私、学校行こうかと思って。」

「え?」

「あ、もちろん自分のお金で。ずっとやりたかったこと。速人さんも応援してくれるっていうから。」

「そう。仕事はどうするの?」

「働きながらやるよ。もちろん、家のこともちゃんとするし、今度住むところは会社からも近いから、夜の時間も自由に使えるし。」

「・・・いいんじゃないの?」

 

母は少しだけ微笑んでそう言っただけだった。

思えば、母は私のやりたいと言ったことに反対はしたことがなかった。

むしろだいたい父にばれてしまい反対されるのだ。

そうして、私はあまり何も望まなくなったような気がする。

 

「引っ越しの準備は進んでるの?」

「うん。あんまり持って行くものもないし。」

「そう。」

 

あまり多くを語らない母。

 

「お母さんは、お父さんと二人になって平気?」

「どうして?」

「なんとなく。」

「どうしようかしらね。それこそ会話がなくなってしまうかもしれないわね。」

「お父さんのこと、好きなの?」

 

私にはよくわからない。

どうして二人が結婚し、夫婦になったのか。

 

「好きだったこともあるわよ。」

「今は?」

 

その答えを、母は何も言わなかった。

 

「朝食を並べてちょうだい。」

 

私はそれ以上追求はせず、できあがった朝食を運ぶ。

休みの日は私が作ることになってはいるが、昨日送別会で遅くなることから母が作ってくれた。

また父はグチグチ言うのだろう。

 

「また飲み会なんぞくだらんものに参加しやがって。嫁入り前の娘がはしたない。」

 

ほら、やっぱり。

私は鮭をつつきながら、適当に聞き流す。

こんな小言を聞くのももうしばらくで終わりなのだ。

そんなことを考えていると、突然、母が口を開いた。

 

「もう紀美香も大人でしょう。責任のある行動をしているんですから子ども扱いしないであげてください。」

 

一瞬、私の思考回路が停止した。

え?

突然の母の言葉に、父もかなり面食らっていたようだった。

まさか母がそんなことを言い出すとは夢にも思っていなかったのだろう。

 

私ですら驚いていた。

常に父に従い、父の言うとおりに家庭を守ってきた母が。

私の知る限り初めて父に意見した。

 

父があまりにものことで口を開けないでいると、母は続けた。

 

「紀美香の人生は紀美香のものでしょう?現にあなたは自分の勝手で嫁ぎ先を決め、もし浅風さんが現実を教えてくださらなかったら、あなたはあの酷い親子のもとへ紀美香を嫁がせていたんですよ。紀美香はもう大人です。自分でしっかり考え、自分の力で生きていけるんです。もう少し自分の娘を信じたらいかがです?」

 

「おまえ・・・わたしに逆らうのか・・・?」

「逆らってなどおりません。正しいことを意見したまでです。」

 

私は生まれて初めて、こんなに怖い母の顔を見た。

しばらく無言の睨み合いが続いて、私はどうしていいかわからず、二人の顔を交互に見ていた。

 

その後は、なんとも言えない空気の中、黙々と朝食を口にする3人・・・。

 

片付けの時、再び母と二人でキッチンに立つと、やっと母が口を開いてくれた。

 

「ごめんね。お父さんはね、あんな風にしか言えない人だから。」

「うん、それはわかってる。でも・・・ビックリした。お母さんがお父さんにあんなこと言うなんて。」

「篤宏の時は何も言えなかったから・・・。」

 

兄は・・・出て行った。

母は、そのことをいまだに引きずっている。

父と兄が何度も言い争いをしているのを、私も覚えている。

私も母も、見ているだけで何もできなかった。

 

「質問に答えておくわね。好きで結婚したわけではなかったけど、好きだったこともあるのよ。今はあんな人と一緒になってしまった私にも責任があるから仕方がないわね・・・という気持ちが本音よ。」

「お母さん・・・。」

「浅風さんがしっかりした方で嬉しいわ。紀美香、頑張りなさいね。」

「うん。ありがとう。」

 

そして、春も半ばの連休の初日、私は・・・23年間過ごした家を出た。