【春夏秋冬、花が咲く】冬の小鳥 聖夜のプロポーズ - 1/7

穏やかな生活が、ある日突然一変する、なんていうのをドラマや小説のお話にはよくあるけれど、まさか自分の身にも降りかかってこようとは思いもしていなかった。

 

「紀美香、今日は打ち合わせで夜遅くなると思う。」

 

打ち合わせ、というとまたどこかの素敵なお店でご飯食べながら、なのかな。

 

「わかった。おいしいもの食べてきてね。」

「俺としては紀美香の手料理のほうがいいんだけどな。」

「・・・もう。」

 

速人さんは私の額にキスを落とすと、ニヤッと笑って先に家を出た。

私たちが一緒に暮らしていることは会社の人たちにはまだ内緒だから、私たちはいつも別々に家を出る。

なんだか、こういうのってちょっとドキドキしてしまう。

私ってこういうタイプだったっけ?

 

速人さんと一緒にいるとまるで知らない自分が出てきてしまう。

誰かに甘えるなんてこと、したことがなかったのに。

 

その夜、私はひとりで街をふらふらして、軽く食事をして帰ってきた。こういうことができるのも速人さんと暮らせるようになったから。

今まで、夜こんな風に出歩くこともほとんどなかったから、最初はなんだかイケナイことをしてる気分だった。

でも、ひとりで家で食べるのって淋しいのよね。

一人暮らしだったらみんなこんな気持ちなのかな。

友人たちが外食ですませたり、お惣菜で簡単にすませたり、なんていう気持ちがなんとなくわかる。

きっと速人さんもこんな気持ちだったんだよね。

だから、外食ばかりの生活を・・・

 

そこまで考えてフッと考えてしまう。

もてる速人さんだから、食事のときはいつも女性を連れていたのかもしれないな、と。

 

リビングでボーっと通信教育のテキストを眺めていると、インターホンの音が鳴った。

 

「誰・・・?」

 

ドアホンのモニターに写っていたのは、綺麗な男の人。

出ていいかどうか迷ったけれど、「ここは紀美香の家でもあるんだから。」と速人さんは言ってくれていたので、出ることにした。

 

「ハイ。」

 

「浅風速人さんのご自宅で間違いありませんか?」

「ええ、そうですが。」

「速人の大学時代の友人で安蘇風馬と申します。」

「あ、はい。あの・・・速人さんはまだ帰宅していないのですが・・・。」

「えー・・・そ、うなんだ。じゃあここで少し待ってますね。」

 

ここって・・・エントランスホールのところ?

確かにソファが置いてあるけれど・・・。

 

「あのっ、帰りの時間もわからないんです。」

「あ、大丈夫です。」

 

大丈夫です・・・って・・・。

私はオートロックを解除した。

待ってるって、下でずっと待ってるつもりなのかな。ここに上がってもらったほうがいいのかもしれない、と思ったけれど、それは速人さんの確認を取らないといけないことになってる。

でも、今きっとお食事中だし・・・

あの場所で待ってもらうのも失礼だし、あがってもらいたいけど、それができないなら・・・と私は自分が下まで降りていくことにした。

 

「あの・・・安蘇さんですか?」

「え?」

 

私はさっきまでモニターに写っていた男性を見て、声をかけた。

この時間はエントランスホールにいる人はいない。

 

「すみません、こんなところでお待たせしてしまって。お口に合うかわかりませんが、どうぞ・・・。」

 

途中自販機でカップのコーヒーを買ってもってきた。

 

「え、わざわざ・・・?」

「私、松井紀美香と申します。速人さんとは同居させてもらってます。」

「あ、ハイ、知ってる知ってる。速人がぞっこんの可愛らしい彼女、でしょう?」

「え?」

「春樹が言ってたから。まぁ安全のためにはいくら恋人の友人でも簡単に家に上げちゃダメだよ。」

「は・・・はぁ・・・。」

 

にこやかに笑ってそう言う安蘇さんは本当にモデルさんのように綺麗な顔立ちをしていた。しかも髪の毛赤色が混じってるし。

速人さんの周りにいる人たちって・・・藤原社長もそうだけど、なんでこんなにイケメンが多いのかしら。

類は友を呼ぶって、こういうのを言うのかな。

 

このマンションにあまりお客さんを招くことはない。

時々藤原社長がやってきて、「新婚家庭だ・・・。」なんて冷やかして帰っていったり、母がごくたまに遊びにきてくれたりする以外は、本当にない。

 

だから、阿蘇さんの訪問はとても珍しく思えた。

速人さんの友人、というのも藤原社長以外に聞いたこともなかった。

 

「紀美香ちゃんて、速人のどこが好きになったの?」

「え?」

「あ、いきなりこんな質問ごめんね。だって、あの男かなり胡散臭いでしょ。アナタは遊び相手でもいいとか言うようなタイプでもなさそうだし。」

「胡散臭い・・・ふふっ・・・。」

 

私は思わず笑ってしまった。

 

「確かに胡散臭いところたくさんありますね。」

「でしょ?」

「でも、そういうところも彼の一部だし・・・速人さんは見た目も中身もかっこいいし・・・でもそれが速人さんのすべてではないから・・・。」

 

「紀美香?」

 

私が話しているところで、優しい声が静まりかえったエントランスホールに響いた。

「速人さんお帰りなさい。」

 

やっぱり顔を見るとホッとしてしまう。

遅くなるっていってたから、もっと遅くなるものだと思っていたけれど、時計を見たらまだ21時過ぎだ。

 

「で、オマエはなぜここにいるんだ、安蘇。」

「久々なのに冷たいなー・・・その言い草。引っ越したって聞いたから、お祝いに来たのに。」

「時間を考えろ、バカ。」

「バカって、ひどくない!?ねえ、ひどいよね紀美香ちゃん。こんな酷い男やめてオレにしなよ。」

「えっと・・・あの・・。」

「紀美香も相手にしなくていいから。ほら、行くぞ。安蘇はさっさと帰れ。」

「うわー!この極寒の街に放り出すんだ?!」

「俺には関係ないからな。」

 

とかなんとか言いつつも、速人さんは安蘇さんをちゃんと部屋に招きいれる。

なんだか、楽しい。

藤原社長とのやりとりも見ていて飽きないけれど、速人さんてなにかと慕われるタイプなのよね。

リビングに入ると、お茶を淹れるために、すぐさまキッチンに立った。けれど、速人さんに拒まれ、そのまま手を掴まれると速人さんの部屋へ連れていかれてしまった。

安蘇さんはにこにこ微笑みながら、ソファに座っていた。

 

速人さんが無言で着替えをしている間、わたしはベッドの上にちょこんと座っていた。

なんだか怒っているように思えるのは気のせい?

そう思って声をかける。

 

「速人さん、早かったですね。」

「早く帰ってきたらまずかったか?」

 

速人さんは強引に唇を重ねてきたけれど、拒むことのできない私は深い深いキスを受け入れる。

そのまま押し倒されそうになってハッと我に返った私は少しだけ抵抗を試みる。

唇が離れた瞬間、

 

「今は・・・ダメ・・・。」

 

それだけやっと口にできた。

 

「なんで?」

「だって・・・お客様いるのに・・・。」

「あいつなら別にかまわない。」

「私が気にするもの。」

 

真っ赤になって訴える私の言葉に速人さんは少しだけ何かを考えて、私からそっと離れた。

 

「紀美香の色っぽい声を聞かせるのもイヤだな。」

 

やだ・・・。

ポツリとこぼした、速人さんの本音に私はますます頬を赤らめていたと思う。