【春夏秋冬、花が咲く】冬の小鳥 - 12/12

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「は、速人さん。待ってください。」

エレベーターホールまで戻ってきて立ち止まる。階下ボタンを押して、彼は申し訳なさそうに言った。

「ああ、ごめん。悪かったな、思わず感情的になった。」

感情的?

最後以外はとても紳士的な対応だったと思うけど。

紳士的だけど、どこか威圧的で、自分の空気にあっさりと引きこんだ。

「いえ、あの・・・ありがとうございます。」

 

「あの本の結末のようになるのが嫌だった。」

あの本?

「『私は小さな鳥籠から出ることのできない鳥のようだ』ってやつ。」

「え。」

出会ったときに読んでいた、暗い本。

あの本は、結局彼には貸さなかった。

どうにも暗くて、後味の悪すぎる内容だったから。

 

「気になって読んだんだ。」

あの本の主人公は結局、檻の中から出ることなく一生を終えた。

もがけばもがくほど、糸が足に絡みついて。

 

「それに、まあ色々裏で動いてくれたのは俺の優秀な秘書なんだ・・・あと春樹・・・いや社長にも感謝してやって。」

「社長・・・?」

速人さんはにっこり微笑む。

ああ、この笑顔。私の好きな顔だ。

 

「でも・・・どうして・・・。」

あまりにいきなりのことだった。

毎朝、速人さんとは会っていたけど、そういう話は全くなかったし、あまり触れないようにしてくれているんだろうって、なんとなく思っていたのに。

どうせあの家にいる限り父の言うことには逆らえない。

そう、諦めていたから・・・。

 

「母の経営するクラブに来たんだ、林葉という男が。」

「え?」

「林葉怜司だよ、店の女の子たちにストーカーまがいのことをしてたのは。偉い先生の息子だからって誰も強く言えなかったようで、母が困ってたんだ。いつだったか、たまたま会話を耳にした。彼の婚約者がキミカという名前だっていうことを。」

 

なにそれ。

 

「まあ飲みの席だったせいか、やけにペラペラしゃべってたな。」

「いつ・・・ですか?」

「紀美香が入社して・・・夏の終わりかな。まさか同一人物だとは思わなかった。その頃、他のクラブでも林葉はけっこう問題を起こしていて、警察に連絡したんだ。まあ、その頃は彼の父親に横領疑惑まであるなんて知らなかったが。」

「そう・・・ですか・・・。」

「だから、紀美香の話を聞いて、いろいろ思い当たることがあってね。調べてみたんだ。」

 

そんなことって、本当に。

本当に・・・?

 

「親子共々いろいろやってたってわけだな。今日、出先ついでに紀美香の家に行って、両親に話をした。会社に戻るのが遅くなったらと思って大沢さんに紀美香を引き止めてもらって・・・間に合ってよかった。」

 

信じられない。

その事実が本当ならば父は婚約解消を受け入れただろうけど、彼はどうやってうちの父にその事実を告げたのだろう。

想像できない。

あの頑固な父が・・・

どんな顔をしてその話を聞いていたんだろう。

 

「父は・・・なんて?」

「最初は半信半疑って感じだったけど、こっちには証拠もあったしな。想像してたよりはスムーズだったかな。」

「本当・・・に?」

「ああ。」

 

心臓がドキドキしている。

今になってこんなにも緊張するなんて。

私は本当にあの男と結婚しないですむの・・・?

 

「でも・・・速人さんお仕事は・・・?」

「仕事の合間にちょこちょこやってただけさ。」

ハハハ、と速人さんはたいしたことじゃない、という風に笑った。

もしかして、大沢さんの言っていた凄い勢いで仕事をしていた、というのはこのためだったのだろうか。

わたしはただ、何もせずじっとしているだけだった。

いろんなことを諦めて、自分だけが哀れに思いながら、自分を助けてくれようとしてくれてる人ですら疑っていた。

 

「どうした?」

「ごめんなさい。」

「なにが?」

「わたし・・・いろいろと・・・。」

失礼なことばかりしていた気がする。

 

「言っただろ。初めから惹かれていたんだ・・・。」

 

初めから・・・。

初めて出会ったのは最終面接の時だった。

やたらと若い社員ばかりの会社だなぁと思ったのをよく覚えている。

 

その中で、なぜか副社長である速人さんの微笑みが印象的だった。

ただ、それだけだったけれど、この会社で働けたら彼にまた会えるのかな、なんてぼんやり考えていた。

 

今は、この人が。

目の前にいるこの人のことが・・・とても大切な存在であることに気づく。

 

「さて、どうする?」

「え?」

ロビーのある出入り口まで戻ってきて、彼は立ち止まった。

そして右手を差し出してきた。

 

な、なに?

 

「この手をとれば、俺は、予約してあるレストランに紀美香を連れて行く。改めて二人で食事をしよう。手をとれば・・・もちろんわかってるよな?・・・どうする?」

 

どうするって。

どうして今更そんなことを聞くんだろう。

答えなんてもう決まっているのに。

 

「意地悪・・・ですね。」

「ああ、好きな女には意地悪なんだ。」

「うそ、あなたは本当は優しい人でしょう?」

 

ここまでされて、手をとらないなんてことはできるはずがない。

差し出された大きな手に私はゆっくりと右手を乗せた。

その瞬間、ぎゅっと力が入って握りしめられる。

 

「もう、はなさない。」

 

手をつないで、彼の横を歩く。

自動ドアが開いて、冷たい空気が頬に触れた。

風は冷たくて、凍りそうなほどだったけれど、私の心はとても温かかった。

 

この人に、ついていこう。

 

たとえこの先が茨の道であったとしても。

私はこの人についていこう。

ずっとずっと・・・。

 

 

 

END

 

 

 

ハイ!副社長にどこまでもついていきます!→

なーんて方はいますかね?

 

 

あとがき

 

柚葉ちゃんたちが入社する前のお話ですね。

こんな感じで二人は結ばれたようです。副社長の魔の手に堕ちた?

柚葉ちゃんと出会う頃の紀美香ちゃんは落ち着いた明るい女性ですが、実はちょっと冷めた女の子だったのです。

変えてくれたのは副社長なのでしょう・・・。

紀美香ちゃんの頑固父とどんな風に対面したのか・・・気になるトコロですが、若くして副社長となるからにはいろいろと経験してきてるわけですからね。社長とともに・・・。

表で動くのが社長なら、裏で動くのは副社長です。

まあ、この二人は結婚までにまだまだいろいろありそうですが。

 

それではこのあとのお二人をちらっとコチラからのぞいてみましょう。

 

 

 

2008年6月 蒼乃 昊