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いつまででもこの寝顔を眺められる。そう思っていると、空音のまぶたが微かに動く。
その様子をじーっと見つめていると、柔らかな身体が動いて、その双眸が柊弥を見つめ返してくる。
視線が交錯する。
「し、しゅうやさん?」
「おはよう」
「えっと……」
戸惑いを隠せないでいる、空音に柊弥は苦笑する。
当たり前だろう。なぜこの場所に自分がいるのか彼女はまったく理解していないのだから。
それでも、その様子すら愛おしいと感じて柊弥は空音の顔を覗き込む。
「え、っと」
「大丈夫か?」
「あの」
「よく眠れたか?」
「はい」
と頷いてはいるが、空音はまだこの状況を把握できていない。
「こ、ここは……」
「私の寝室だが。昨夜、和義の膝の上で寝入っていたからな。そのまま私が連れてきた。いけなかったか?」
昨夜、柊弥は峰子と話があったこともあり、空音は和義と夜遅くまで話し込んでいた。
部屋をのぞきにいくと、空音は和義の膝の上ですっかり寝入ってしまっていた。
和義から、空音とは母親違いのきょうだいであることを打ち明けられてから、それまでの行動に納得もし、空音にとっても和義にとってもよいことだと、心底思ってもいた。
けれども、やはり、兄とはいえど、自分以外の男の前であどけない寝顔を見せている空音に対し、意地悪な気持ちが生まれたのも確かだった。
思わず、自分の寝室に連れてきてしまったことに多少の罪悪感をもちながらも、婚約者なのだから、当たり前のことだ、と自分に言い聞かせもする。
「結婚したら同じベッドで眠ることになるのだからかまわないだろう?」
頬を赤らめている空音にかまわず、柊弥は空音のしなやかな身体に自分の腕を回した。
「わたしが空音のそばで眠りたかったんだ」
空音もおそるおそる、といった風に柊弥の身体に腕を回す。
「空音が無事でよかった」
和義から、演奏の直前にあったことを聞かされ、あまりにも動揺してしまっていたが、空音の演奏は見事だった。
その強さに驚きながらも、いつでもどこでも一緒にいて守り切れないことをもどかしく思う。
この先も危険なことがあるかもしれない。
それでも、もう手放せない。
「柊弥さん」
と顔をあげたところで、柊弥の片手は空音の後頭部に添えられ、そのまま空音の唇を塞いだ。
長い口づけのあと、真っ赤に頬を染めている空音に柊弥はふ、とほほ笑む。
「和義といろいろ話はできたか?」
「……はい」
「縁とは不思議なものだな」
「そうですね。本当に、そう思います」
「和義に、空音を傷つけたら許さないと言われた」
「そうなんですか?」
「あまり考えたくないが、空音と結婚したら、和義が義兄になるわけだ……」
「あ、そういえば、そうですね」
二人顔を見合わせて笑う。
そんな時間が妙に心地よかった。
「空音、昨日の続きを聴きたい」
「昨日の?」
「ピアノを弾いてくれないか。私のために」
言うと、空音は笑顔で頷いた。
「わかりました」
「じゃあ、起きて朝食を取ろう」
「はい」
その日、空音は柊弥のためだけに久しぶりにピアノを弾いた。
彼女の音に癒されながら、出会った頃よりも一段と腕をあげていることを実感しながら、嬉しくも感じていた。
そのあとは、新居の内装のデザインや、家具をパンフレットを見ながら一緒に考えて過ごすうちに、柊弥の貴重な休みはあっという間に終わってしまった。