【蒼き月の調べ】波瀾編 第4章 - 2/3

「空音、ご親族の方が応援にいらしているわよ」

菊花みなみが控室に入ってくるなり、空音に声をかける。親族、と聞いて空音は首をかしげた。

通路に出てみるが、誰もいない。

少し歩いたところに、見知った顔が3人。どきり、として引き返そうとしたが、すぐに気づかれた。

「空音ちゃん」

もう二度と会わないと決めた静子だ。そしてその隣には空音を追いかけまわしていた中年の二人組。

緊張気味に立ち尽くしていると、男の一人がにやにやと笑っている。

「いいねぇ、玉の輿のお嬢様は。ちょっとピアノが弾けるだけでちやほやされるんだからなぁ。学校にいくら献金してんだか。そういう金があったら俺たちにもわけてくれよ」

空音はじっとその男たちを見つめた。

おそらく、この二人は空音の立場をよく思ってはいない。そして柊弥を含む海棠家のことを。

そして、なぜこの二人が静子と共にいるのか、そう思ったときだった。

もう一人の男が静子の身体を羽交い絞めにする。

「この女を傷つけたくなければ大人しく俺たちについてくるんだな」

「――――!!」

静子にとっては思わぬ出来事だったのか、必死で抵抗している。

空音は男たちを睨む。

「わたしに、何の用ですか」

「あんたに直接恨みはないが、恨むなら自分の境遇を恨むことだな」

男はにやにやしながら空音に近づいてくる。

「そのお綺麗な顔も、その長く美しい指も失えば、あんたは捨てられるだろうなぁ。実の父親を見捨てて、あんたは使えるものは使ってしたたかに生きてる。立派なもんだよなぁ。だから俺たちだって使えるものは使う」

「やめてください。こないで」

空音はいたって落ち着いて静かに言葉を告げる。

以前、春子に教えてもらった護身術を思い出しながら、男が油断する隙を必死で探る。

「一緒にこいと言ってるだろう。お前にふさわしい場所を用意してやる」

空音が息を飲むと強い力でいきなり腕を掴まれた。

その瞬間、空音は手のひらを広げ、踏みとどまる。一瞬、男が怯むと、一気に身体を引いて、勢いよく肘を曲げながらその手を振り上げた。

「この!!」

逃れた空音の行動に、男は真っ赤になって空音にとびかかろうとしてくる。

 

「なにしてるの!!」

 

通路に響く甲高い声に、誰もが動きを止める。

「ここは関係者以外立ち入り禁止よ!!」

その大声と同時に、正木朋美が警備員を引き連れてやってくるのが見えた。その中には春子や敦志、そして和義の姿も見えた。

ほっとした瞬間に、再び男に腕をつかまれそうになる。があっという間に男は取り押さえられた。

「遅くなり申し訳ありません。大丈夫ですか?」

「おにいさん」

「あの男たちの姿が見えたので、追いかけていたのですが。怪我は?」

「ありません。春子さんに教えていただいた護身術が役に立ちました」

言って、空音は春子を見た。彼女は微かに微笑んで頷いた。

「ホール内は関係者以外は立ち入り禁止になっていましたが、彼女が案内してくれました」

「正木さん、ありがとうございます」

空音がお礼を言うと、彼女は無言でほほ笑んだ。

「叔母を利用してあの男たちはこちらに入り込んだようですね」

親族であれば控室に入ることができるからだ。

和義は呆然としている静子に近づくと、冷たい視線を投げかけた。

「静子さん、私たちは父と話はしました。親子であることは変えることはできないが、あなたは完全に部外者です。もう二度と空音さんに近づくことのないようにとお話したはずです」

「私は……」

「父の援助はします。だが、あなたの援助までする義務は私たちにはない」

それだけ告げると、和義は空音のもとに戻ってくる。

「空音さん、本当に大丈夫ですか?」

和義は心配そうに空音の顔を覗き込む。この後、すぐに空音の演奏だ。

急に恐怖が襲ってきて、空音の手が小刻みに震え始めた。それに気づいた和義がその手を握ってくれた。どこか安心感のある温もりに、そのまま逃げだしてしまいたい気分になる。

きっと帰りたいといえば、そのまま帰ることができるだろう。なにもかも放り出して。そして空音の周りの優しい人たちは何も言わない。

俯いたままでいると、静かな声が耳元に響いた。

「皆、あなたを見ています。観客席からも、―――空からも」

はっ、として空音は和義を見た。

そして強く、頷いた。