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翌日、柊弥は学校から帰ってきた空音を、自分が家族と共にほんの数年を過ごした家へと案内した。定期的に管理をしているため、外観は特に酷いということはない。が、人の住まなくなった家はどこか寂し気な佇まいをしている。
「こんなに素敵な家を壊してしまうんですか?」
空音の第一声はそれだった。
「中へ入ってみよう」
柊弥は空音の問いには答えず、そのまま空音を連れて中へと足を踏み入れる。
柊弥自身も中へ入るのは10数年ぶりだった。家具も何もかもがあの頃のままだ。この空間だけがまるで時間が止まったかのような、タイムスリップでもしてしまったかのような奇妙な感覚があった。
1階はほとんど使うことのなかったゲストホールがある。
空気の入れ替えはしているのだろうが、やはり重苦しい、どこか陰鬱とした空気が漂っている。
それを空音も感じたのか、少し寂しげな表情を浮かべながらきょろきょろと見回していた。
「リフォームだとどんなふうになるんですか?」
「大掛かりに行うのであれば梁だけ残してあとはすべて改築ということになるんだろうが」
「そうですか」
「空音がリフォームでかまわないというのなら、その方が期間も短くてすむ」
「柊弥さんにとっては、どちらがいいんですか?」
柊弥にとって家族で数年の時を過ごした自宅だが、あまり思い入れはなかった。ゆえに建て替えが必要ならばそれでもかまわない。ただ、このままの状態では懐かしいというよりも切ないという気持ちの方が勝るような気がした。
この家での暮らしから母はどんどんおかしくなっていったのだから。
柊弥が過去を思い出していると、空音はゆったりとほほ笑む。
「柊弥さんにお任せします。でも、あまり広すぎない家がいいです」
「そうか」
家の中をひととおり見て回った後に、庭の方へ出てみると、空音があ、と声をあげる。
「鉄棒」
その鉄棒はあまりにもその家には不釣り合いで、不自然な場所にぽつんとあった。
「子どもの頃、鉄棒の練習をするために頼み込んで作ってもらったんだ」
「え、柊弥さんが?」
「そうだが」
「もしかして柊弥さんの苦手だったものって鉄棒なんですか?」
柊弥は頷くかわりにほほ笑んでみせた。
スポーツも勉強も人並み以上にできたが、鉄棒だけが苦手だった。それを知られないために陰ながら必死で練習したのである。
「柊弥さんもそういう子ども時代があったんですね」
「誰にでも得手不得手はあるものだ、と言っただろう」
「そうですね。わたしは鉄棒は得意でしたよ」
そういうと、柊弥が何か言葉を発する前に、空音は鉄棒を掴むと難なくくるりと逆上がりをしてしまった。
ひらりと舞い上がる制服のスカート。そしてちらりと見えるそのスカート下の色がはっきりと柊弥の瞳に焼き付けられ、思わず頭を抱えそうになった。こめかみを指で押さえながら、はあっと大きくため息をつくと、全く気にもしていない空音に告げる。
「空音、スカートを履いていることを忘れないでくれ」
「え……」
やっと気づいた空音は顔を真っ赤に染めながら足を地面につける。
「そろそろ屋敷の方へもどろうか」
「……はい」