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突然孫から夕食の席へと招かれ、怪訝そうな表情を浮かべ車から降りてきた峰子は、その場に柊弥の秘書だけでなく空音と鳳仙甲斐がいることに驚きを隠せないようだった。和義から簡単に説明を受け、なるほど、とすぐに理解したように頷いた峰子は空音の知るいつもの峰子の顔だった。
「どなたかが空音さんのことを調べてまわっているというお話を聞いて警戒していたのですけど、柊弥さんでしたのね」
ちらりと柊弥を見やりながら峰子が微笑むと、柊弥は憮然とした態度で何も答えず、話を逸らすかのように空音に視線を向ける。
「好みのものはあるか」
「好み?」
「食べたい物はございますか?」
何の好みかと考えている空音にすかさず和義が口を挟んで言葉の補足をする。
「何でも食べます」
「特にお好きなものはございませんか?」
「好きなもの」
空音は首をかしげた。
「まあ、和義さんは柊弥さんの通訳までなさっていらっしゃるの?」
空音と和義のやりとりを見守りながら峰子はくすくすと笑い出す。柊弥が眉間に皺を寄せると、峰子は楽しそうに言葉をつないだ。
「確かに柊弥さんは言葉が足りませんものね。昔はおしゃべりな男の子だったのですけど、いつの間にこのように無口になってしまったのでしょう」
「そうそう、イタズラ好きの負けず嫌いでね」
甲斐までもが楽しそうに笑っている。
「空音さん、遠慮などなさらなくてもよいのですよ」
大人たちの視線を受けながら空音が口にしたのは、
「アイスクリームが好きです」
その意外な一言に、一瞬静かな間が空いた。
「わかるわ。まだまだ残暑が厳しいですものね。デザートに出していただきましょう」
一番に口を開いた峰子が笑顔でそう告げると、空音もにこりと微笑んだ。
「いいな。俺も抹茶のアイス食べたい」
つかさず甲斐が楽しそうに言うと、柊弥は小さくため息をついた。
一行は専用の入り口からエレベーターへと乗り込む。空音が学校の制服を着たままであるため、ドレスコードを気にしなくてもよい、ホテルメロディアーナ内にある柊弥専用のオーナーズルームにて食事をとることになった。
全員が席につき、コース料理が運ばれてくると、峰子が柊弥に尋ねる。
「柊弥さん、この後のご予定は?」
「なにも。お二人は屋敷のほうまでお送りいたしますので」
「あら、では今夜はお泊りになっていかれるの?」
「はい。お婆様にお話もございますし」
「そうですか」
静かな柊弥の声に峰子は少しだけ表情を変えたが、それに気づいた者はいなかった。
「柊弥さんはどうして峰子さんと一緒にお住まいにならないのですか?」
あんなに広いお屋敷なのに、と言い含んだ空音の疑問に峰子がそれはね、とすかさず答える。
「柊弥さんは仕事人間ですから、家に帰る間も惜しいのですって」
空音は驚いて柊弥を見る。
「じゃあ、いつもはどこに住んでいるんですか?」
「このお部屋だったり、オフィスビルには仮眠用の部屋があるんでしょう?どうやら住まいはあちこちにあるようですよ」
ころころと笑いながら峰子が言うと、空音は驚いたように柊弥を見た。
「仮眠できる場所があればどこでもいい」
「自分の枕じゃなければ寝られないってことはないんですか?」
空音は自分愛用の枕とお気に入りのぬいぐるみが傍にないと落ち着かない。大の大人の男に対してそれと一緒にはできないだろうが、そんなに日々寝る場所が変わって熟睡できるものなのか不思議でならない。
「もう慣れている」
「いい加減そろそろ身を固めて落ち着く場所を見つけてほしいものですけれどね」
言外に早く結婚をしてほしいと匂わせる峰子の言葉に、柊弥はもうその台詞は聞き飽きているというようにさらりと受け流す。その様子から空音は柊弥が結婚はしていないのだろうかと首をかしげた。甲斐と和義がくすくすと笑みを浮かべていると峰子はにっこり笑う。
「お二人もですよ。そろそろ良い方を見つけなさいませ」
「これはこれは、峰子様にお小言をくらうとは思いませんでしたよ」
甲斐が肩を竦めて言うと、同感だというように和義も苦笑した。話題をそらすように甲斐が空音に視線を向ける。
「それにしても空音ちゃんてとても姿勢がきれいだよね。食事のマナーなんかは学校で教わったりするの?」
「あ、はい。もともと祖母がマナーには厳しかったのもあるんですけど、ホテルでの職業体験の前には研修がありました」
「へえ。月ヶ原学園の音楽科の方は何度か訪問しているけれど、調理科は校舎が離れてるんだっけ。カフェテリアがある建物でもないんだよね?」
「そうですね。調理科は造形美術科やスポーツ科の他の専門課程の学科と同じ校舎なんです。音楽棟だけは防音管理をする必要があるので特別な造りになっていて、少し離れたところにあるみたいです。なので行事以外ではあまり関わりはないかもしれません」
「だよね。あそこ広いよね。初め行ったときには迷いそうになったよ」
「わかります。入学後に学校探検という時間があるんですけど、時間内に自分の教室に帰ってこれる生徒はほとんどいないそうです」
「学校探検?面白そうですね」
和義が興味深げにつぶやく。
「はい。3,4人のグループになって、それぞれ違う指令書をもらって校内の指定場所に行ってスタンプラリーをするんです。他のグループと協力しなければならなかったりすることもあって、その日にクラスメイトとはすぐに仲良くなれました」
「さすが噂の月ヶ原学園ですね」
「いいなぁ。俺も日本にいたら月ヶ原に行ってたな。普通の学校とは明らかに違うよね」
「そう思います」
「柊弥はバリバリの進学校だったよね」
「そうなんですか?」
「そうそう。成績優秀な特待生でね。生徒会長もやってエリート街道まっしぐら」
「おい、余計なこというな」
そのやりとりには思わず空音も笑みをこぼした。
食事の席では特になにか重要な話をするというわけでもなく、甲斐の海外生活の話や、空音の学校生活の話題で和やかに時間が過ぎていった。料理の最後には空音所望の抹茶のアイスクリームが振舞われ、峰子や甲斐とともに堪能した。