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10日間の海外出張を終えて帰国するなり、柊弥はホテルに立ち寄る。仕事中に考えずにいられたことが、なぜか日本に到着するなり気にかかる。
しかし、お目当ての人物に会うことはできなかった。
職業体験は夏休み期間のはずだったが、空音は数日前から欠勤していた。
「どうやら祖母が亡くなられたようです」
自社ビルのオフィスに戻る車内で、和義は支配人の言葉をそのまま伝えた。
「1週間ほど前に欠勤する旨の連絡があり、その後学校から改めて事情等の説明があったようです」
柊弥は無表情のまま車窓の外を眺めた。都心の街並みは変わらない。残暑の厳しい中、汗ばみながら速足で歩く人々の中で制服を着た学生たちが笑いながら通り過ぎていく。
「祖母と二人暮らしだと言っていたな」
「はい。気になるようでしたら彼女の自宅に寄りますが?」
「……いや、いい」
―――たかだか高校生の小娘ではないか。
気にかける理由はもう何もない。彼女が自分の才能を試したい、そのために援助してほしいと懇願すれば、それなりに考えてもいいのだろうが、空音はきっぱりと断ったのだ。これ以上気に掛ける必要はない。
これまでもそうだった。
余計なことに気をまわしている余裕はない。出張から戻ってきた柊弥のオフィスでは山ほど仕事が待っている。
時折ちらつく端麗な少女の横顔を振り切るように、柊弥は冷笑した。
―――身内を失った彼女の行く末を心配している場合ではない。
向かいに座る和義に視線をやり、仕事の話を切り出す。
有能な彼の秘書は淡々とそれに応じ、それは自社ビルに到着するまで続いた。
「ふざけるな!」
眉をつりあげ、部下を睨みつけ、彼にしては珍しく声を荒げた。常に恐れられ、冷酷に処分を言い渡すことはあったが、このように怒りをあらわにして声を上げる姿は和義もあまり見たことはなかった。
「出ていけ」
蒼白になった男は、小刻みに震えながら一礼するのも忘れてそのまま部屋を出ていった。
「ご機嫌がよろしくないようで。彼には直接責はないのにお気の毒な」
しばらく続いた沈黙を破るように和義が言う。激昂する上司に驚きはしつつも特に気にする風はない。
「少し休まれてはどうですか」
「休んでいる暇などない」
和義ははぁと軽く息を吐くと諦めたように先ほどの男が出ていった扉を見つめた。
「―――で、やはり切り離すおつもりですか」
「当たり前だ。これ以上の尻拭いはできない。決して能がないわけではないが、あの人のやり方ではもう無理だろう。新しいことを学ぶ気もない」
「そうですね。散々彼には支援を続けてしましたが、思うような結果も得られず、赤字の一途ですからね。ただ、近いうちに何かしらのアクションがあるでしょうね」
「だろうな。あの人の海棠家への執着は異様だ」
「それだけ魅力的なんですよ、柊弥のお立場が」
「和義、周辺には気をつけろ」
和義は柊弥を見てくすりと笑った。
「何年あなたの傍にいると思っているのかな」