【春夏秋冬、花が咲く】秋風そよぐ - 12/12

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「海人。」

 

わたしは自然とその名前を口にした。

もっと動揺すると思っていたはずなのに、妙に冷静になれたのが不思議だった。

目の前にいる昔、好きだった男。

恋いこがれていたはずの初恋の相手は、なんだか妙に疲れた顔をしていて、どこか陰りがあって、昔の海人とはかけ離れていた。

結婚して、幸せな家庭を築いている人とは到底思えないようなそんな顔。

 

「久しぶり、覚えてくれてるんだな。」

「当たり前でしょう。少なくとも高校3年間一緒だったわけだし、卒業アルバムにだって残ってるじゃない。」

「そうだけど。俺、完全に嫌われてると思ってたし。」

 

嫌われてる?

いきなり無視し始めたのはそっちなのに?

 

「わたしに会うのがイヤなのは海人のほうだと思ってたけど。」

「ごめん。俺あの時は本当にガキだったと思うよ。律子に酷い態度とったって後悔してたんだ。」

「別に・・・もういいわ。終わったことだし。気にしてないから。」

 

こんなに冷静に話ができるのはリクトのおかげなのだと思った。

リクトがあのことを教えてくれなかったら、わたしはこんな風に彼の謝罪を受け入れられなかっただろう。

 

「律子、綺麗になったよな。あの頃も美人だったけどさ。」

 

そんなこと一度も言ってくれたことはないけどね。

 

「ありがとう。素直に受け取っておくわ。」

「相変わらずいい男連れてるなーと思ったよ。」

いい男?

部長のことかしら。

まぁ、確かにいい男といえばいい男の部類だわね。

「会社の上司よ。あなたこそとなりにいたのは奥様でしょ?早く戻ってあげなくていいの?」

「あー、あいつは今、いい男探して媚び売ってるよ。」

「・・・。」

その言い方が。

あまりにも彼女をバカにしたような言い方で、わたしはカチンときてしまった。

だってそうでしょう。

自分が永遠の愛を誓って結婚した相手のことを・・・そんな風に言うのってどうかしてる。

 

「なぁ、律子、この後一緒に飲みにいかないか?」

「何言ってるの?妻が相手にしてくれないから、自分は昔の女と楽しんじゃえってこと?」

「そういうわけじゃないけどさ。久々だし。昔のことは水に流して一緒に飲めたらいいなと思っただけだよ。」

 

わたしが好きだったのはこんな男だったのだろうか。

 

「海人。わたしあなたの完璧主義は好きだったし尊敬してた。でももう昔のことよ。わたし今は好きな人がいるの。その人に誤解されるようなことはしたくないし、昔話に花をさかせるつもりもないのよ。お子さん、いるんでしょう?早く家に帰ってあげたら?」

「律子・・・。」

「お互い、幸せになりましょう。」

 

幸せに、なりましょう。

心の底からそんなセリフが言える日がくるなんて思ってもみなかった。

「リクト。」

振り返るとそこにはリクトが立っていた。

またまたこんな偶然が何度起きれば気が済むのよ。

と思ったけれど。さっきの部長の言葉の意味がすぐにわかった。

リクトってば余計なことを部長に言ったに違いない。

 

「陸人、どうしてお前ここに・・・。」

「律子さんを迎えにきたんです。」

 

海人はいきなり現れたリクトの姿に唖然としている。

 

「ごめんね、海人。あなたよりあなたの弟のほうがいい男みたい。近々親戚になるかもね。」

「律子さん!?」

「部長がさっさとわたしを置いて行った理由はあなたでしょ。リクト。」

「・・・。」

「わたし、そこまで鈍くないから。さ、行くわよ、リクト。」

 

「律子・・・。」

海人がもう一度わたしの名前を呼んだ。

信じられない、といった顔をしている。

そりゃぁそうだろう。

 

「じゃあね、海人。ちょっとリクト、ちゃんとエスコートしてよ。ヒールが歩きにくいのよ。」

「え、は、はい。」

呆然とする海人を置いて、わたしはリクトとふたりで披露宴会場のホテルを出た。

 

「律子さん。」

「なによ。」

「さっきの・・・。」

「さっきって?」

「さっき言ってたことって本当ですか?」

「どこから聞いてたの。」

「最初から・・・。」

 

最初からって、海人と話してたのに気づいておきながら黙って見てたわけね~。

まったくもう。

 

「で、リクトの答えは?」

わたしはイジワルっぽく笑ってみせた。

だっていつもいつも年下のリクトにやられっぱなしじゃイヤだもの。

 

「ズルイです。律子さん。僕まだはっきりあなたの気持ちを聞いてないのに。」

 

隠れて聞いてる方がズルイわよ。

なんて思ったけれど。

 

「わたし、リクトが好き。」

にっこりと笑ってそう言うと。

 

「やった!!」

 

リクトは子どものように大げさにガッツポーズ。

大喜びするリクトの純粋な笑顔は、やっぱり昔のままだった。

昔、宿題を手伝ってあげた時も、こんな風に喜んでくれたわね。

この笑顔に、わたしはずっと癒されていたのかもしれない。

 

「じゃあ、律子さん。続きはベッドの上で。今夜は僕にお持ち帰りされてください。」

「いいわよ。そのかわり満足させてね。」

「あ、いいんですか。そんなこと言って。あとで後悔しても知りませんよ?」

「望むところよ!」

 

わたしたちはふたり、並んで歩いていった。

駅までの距離が妙に短く感じたのは、リクトの隣が居心地が良かったせいだろうか。

電車で帰ろうというわたしの意見に、「そんなセクシーなドレス姿を見せびらかさないでください。」というリクトの怒りで・・・わたしたちは駅でタクシーを拾って、リクトのマンションまで直行した。

 

「部長に何言ったの?」

「・・・宣戦布告しただけです。」

「・・・。」

「本当は、律子さんが出席する同期の方のパーティに・・・海人も行くって聞いて心配になって・・・。」

「それで来てくれたんだ。」

「ハイ。部長と一緒みたいだったので大丈夫かと思ったんですが。」

「で、部長に宣戦布告ね・・・。」

「スミマセン。仕事もあるのにやりにくいですよね。」

「わたしさー、リクトのそういう素直なところ好きよ。何事にも一生懸命だし。」

「律子さん・・・。」

「あ、ちょっとSぽくて強引なところもスキかも~。」

「え、じゃぁ今夜も頑張りますよ?」

 

そうして、わたしたちは何度も何度も唇を重ねた・・・。

 

季節が秋になり、木々が色づく季節。

美絵は無事元気な女の子を出産した。

そんな美絵を見舞った後、リクトが小さく言った。

 

「律子さんによく似た女の子っていいですね~。」

 

手を繋いで、銀杏並木を歩きながら、わたしは答えた。

「わたしみたいなのふたりもいたら大変なことになるわよ?」

「それがいいんですよ。」

 

秋風はそよそよとわたしたちを包んでいた。

 

 

 

END

 

 

 

やっと終わりました。

本当はもっと早めに終わる予定だったのに・・・スミマセン。

 

このふたりはお互い振り回されたり、振り回したり・・・そんな風に楽しく過ごして欲しいものです。

 

2008年 12月  蒼乃 昊