【春夏秋冬、花が咲く】秋風そよぐ - 11/12

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「律子~!こっちこっち。」

「あれ、副社長夫妻は?」

「紀美ちゃん風邪気味だから帰るって。」

「あ、そうなのね。」

 

6月吉日。わたしたちは予定通り美絵の結婚&妊娠披露パーティに出席していた。

パーティは2次会へと突入し・・・立食形式になっているので大物たちがうろうろしていて、何が何だかわからない・・・という感じ。。

各界大物揃いとくれば、以前のわたしなら必死で玉の輿を狙っていたかもしれないけれど、今夜は妙に落ち着いていられるのが不思議だった。

リクトと付き合うと決めたけれど、わたしはまだそのことを彼には話していない。

なんというか、いろいろあってすぐに・・・ってのも何だしね。

 

「美絵と少しくらい話できるかなぁ?」

「どうだろうね。けっこう2次会も人多いわね。」

「うん。規模が違うし、規模が。」

「さすがよね。」

 

ホント、テレビでよくやってる芸能人級の豪華さだわ。

美絵の姿がちっこくて・・・あの子大丈夫かしら・・・なんて思わず母親気分になってしまう。

 

「で、律子今日のエスコート役は陸人くんじゃなくて良かったわけ?」

「えー、だってアイツ招待されてないし・・・部長とのほうがなんとなく問題ない感じでしょ?」

「まぁそうだけど。」

 

「柚葉ちゃん、こっち・・・ちょっと仕事関係で挨拶するから付き添って。」

 

藤原社長にいきなり後ろから声をかけられ、思わず飛び上がりそうになって驚く柚葉。

 

「あ、ごめん、律子。あたし行くね。」

「うん。頑張ってー。」

 

そうか。

社長ともなれば単なるお客・・・の役目だけじゃないんだね。

いろいろこういう機会に手を回しておくわけだ。

社長業も大変よねぇ。それについてまわらなければならない柚葉も大変そうだけど。やっぱり秘書って華やかなだけじゃダメよね。

 

「北野さんと一緒だと鼻が高くていいね。」

「は?部長何を言ってるんですか?」

 

ふたりだけ残されて、なにやら田中部長はゴキゲンな様子。

「いやー、通りすがる男たちがみんな北野さん見つめちゃってさー。」

「はぁ?部長を見てるだけじゃないですか?」

「なんで男に熱い視線向けられなきゃいけないわけ。気持ち悪い。」

 

それもそうか。

 

「ほら、あの彼も連れの女の子いるのにさっきからちらちらこっち見てるよ?」

「えー?」

 

部長の言葉に・・何気なく、そう本当に何気なく言われる方を見た瞬間。

決してこんなところで出会うはずのない男の姿があった。

見間違うはずはない。

10年も20年も経っているわけではないのだから。

 

榎原海人。

 

あの頃より少しだけ大人びた彼の姿があった。

 

「北野さん?」

「はい?」

「どうかした?」

「いえ、人が多くてよくわかりませんよ~。」

「ははは、まぁ確かにね。」

 

そんな風にごまかしたけど。

どうして彼がこんなところにいるのだろう。

たぶん横にいたのは奥さんに違いない。

どうして・・・こんなところで再会するのか・・・なんだか本当にありえない。

でも、わたしが気づかないフリをしていれば問題ないわけで・・・こんな大勢の人がいるし、お互いパートナーがいるわけだから話し掛けてもこないだろう。

ていうか、今更わたしをちらちら見てるってどーゆうことよ!

普通気づかないフリするのが大人ってものよ!

 

「部長~、そろそろ引き上げませんか?なんだか今日はもう美絵とは話せそうにないし。」

「ああ、そうだね。また改めればいいだけのことだからね。」

「ですね。」

 

わたしは一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

一瞬だけ目が合った。

向こうは明らかにわたしの存在に気づいていて・・・どういうつもりかわらないけどわたしの方を見てたわけよね。

リクトのおかげでようやくふっきれたというか、過去のことにできたのに・・・こんなタイミングってありえない。

わたしたちは挨拶もそこそこに、大広間の2次パーティ会場を出て、エレベーターに乗り込んだ。

 

「どこかで飲み直す?」

「今夜はまっすぐ帰ります。」

「なんだ、そんなに即答しなくてもいいのに。」

「部長と飲んでたらお持ち帰りされそうですから~。」

 

冗談で言ったつもりだった。

だって、部長と仲の良い女性社員たちはみんな言ってるから。

『部長だったら一回くらいお持ち帰りされてもいいかも~。』

そういうノリで。

実際それで部長と一夜限りのおつき合いをした女性がいるとかいないとか。

 

「ひどいなぁ。俺、これでも北野さんに対しては誠実であろうと努力してるんだけどな。」

「え?」

「君が総務にいた頃から、なにげにアピールしてるんだけど、気づいてもらえてなかったようだね。残念。」

「え?え?」

「まぁでもどうやら本命がいるようだし・・・。」

「ちょ・・・ちょっと部長!?」

「とりあえず今のところ大人しく身を引いておくけど、何かあったらいつでも飛び込んできていいからね。」

「はい!?」

 

その後、ふたりでホテルのロビーまで一緒に歩くと、ここまでかな、と笑顔を向けられた。

そして部長は一言だけ言い残して去っていった。

 

「君の彼氏・・・なかなか度胸があって面白いね。気に入ったよ・・・と伝えておいて。じゃ、また会社でね。」

「か、彼氏!?」

 

彼氏ってなに?

誰のこと!?

わたしは、こんなロビーでひとり取り残されただただ混乱していた。

ドレスアップした姿も目立ったためか、行き交う人にじろじろと見られている。

こ、こんなところでどうしろっていうの?!

タクシー拾って帰らなきゃ!

 

そう思ったときだった。

 

「律子。」

 

懐かしい声がわたしの名前を呼んだ。