10
「なに、急に。」
リクトはわたしを抱きしめたまま放さない。
わたしもあえてそのままリクトの温もりに包まれていた。
「海人のこと・・・。」
「うん・・・。」
「もし律子さんが本当に海人のことを忘れていたらこんなこと話そうとも思わなかったけど、いまだに律子さんの中に少しでも海人の存在があるのなら・・・。」
「だから・・・なに?」
「傷つくかもしれないけど、でも、最初に言っておきます。もし律子さんが傷ついても僕が支えるから。泣いてもいいですから。」
「・・・そ、そんなにすごいこと?」
リクトのあまりの言葉にわたしは緊張してきてしまう。
そんなに酷いことなんだろうか。
まさか、わたし二股かけられてたとか・・・?
実はもともと同じ大学に行く気がなかったとか・・・?
思いつくのはそれくらいだけど。
でも、それくらいのことじゃ今は平気だ。
当時なら・・・違ったかもしれないけど、時間は確実に過ぎている。
わたしだってそこまで未練がましい女じゃない。
「海人が律子さんと付き合うようになったのって・・・。律子さんが当時凄く人気があったからなんですよ。」
「は?人気があったのは海人のほうよ。」
「海人ももてる方だったと思いますけど、海人は自分につり合う女が欲しかっただけなんです。」
「え?」
「律子さん、男女問わず人気があったし、目立ってたから・・・目立ちたがり屋の海人らしいけど・・・周りの男友達が律子さんのことが好きだったから、さっさと自分のものにしたくて、それを自慢したかっただけなんです。」
「・・・。」
確かに、海人は自信家で目立ちたがり屋で、わたしと付き合ってるところを見せびらかすようなところはあった。
「あいつは、酷い男だ。本当は律子さんが気に病む必要なんて全然ないんです。律子さんが必死で受験勉強してるときに、海人は勉強もそこそこ余裕をかまして遊んでたんですよ。落ちて当たり前だったんです。」
遊んでた・・・。
落ちて当たり前・・・。
「律子さん?」
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「うん。」
つまり、海人は別にわたしのことが好きでもなんでもなく、単に友達に自慢したかっただけ?わたしみたいな女を?
んでしかも?
勉強もしないで志望大学落っこちて・・・受かったわたしを無視・・・。
「で?」
「で?って一応それだけですけど・・・。」
「あはははは!!」
わたしはなぜか思わず笑ってしまった。
びっくりしたようにリクトがわたしの顔をのぞき込む。
そりゃぁ驚くよね、突然笑い始めるんだもの。
でもなんだろう。ずっと喉の奥につっかかっていたものがポロッとなくなってしまったかのような、そんな感覚だった。
たぶん・・・別れた原因がわたし自身の責任だと思っていたから。
わたしが頑張りすぎたことが原因だったと・・・
そう思いこんでいたから。
「り、律子さん・・・?」
わたしが海人に申し訳ない気持ちになる必要なんて全くなかったわけだ。
ていうか・・・
自業自得だったわけね・・・。
「リクト!!」
「え!?」
「今日は飲み明かすわよ!!付き合いなさい!!」
「・・は、はい?!」
まったくわたしの感情と行動についていけていないリクトはただただ、わたしの言うことに従っていた。
当のわたしは、なぜだか今までで一番楽しいお酒を飲んで上機嫌。
これは、リクトのおかげ?
今夜はとことん付き合ってもらわないとね。
リクトに思いっきりほほえみかけると、リクトはただ戸惑いながらわたしの勢いに圧倒されていた。
いつもいつもわたしを翻弄させた罰よ。今日くらいわたしがリードしてやるんだから。
わたしは久々においしいお酒を飲んだ気がしていた。
痛い。
頭がガンガンする。
「律子、あんたすごい顔よ。最近飲み過ぎだって。」
「うるさいわね~、柚葉が最近ちっともつきあってくれないから~。」
「うっ・・・だ、だって・・・。」
朝の女子トイレ。
わたしの横でメイクを直している柚葉の顔が強ばる。
メイクでなんとか隠してはいるものの・・・鏡に映るわたしの顔は最悪だ。
仕事があるのに前夜に飲み明かすなんてこと、もう二度としない・・・と心に強く誓ってしまったくらい。
「二日酔いの薬あるけど?」
「大丈夫。飲んできた。」
「あ、そうなんだ。」
「柚葉・・・。」
「ん?」
「わたし、リクトと付き合うわ。」
「は!?」
「そういうことでよろしく。」
「・・・い、いやそういうことでよろしくって・・・律子!?」
驚く柚葉を背に、わたしはなんとか背筋を伸ばして営業部へと足を動かした。