【春夏秋冬、花が咲く】春うらら 出会い編 - 1/6

「ねえ、柚ちゃんは今日行くよね?」

「そりゃあ、絶対参加でしょ。ていうか強制参加じゃなかったっけ」

 

同期の美絵の質問に、あたしが答える前に、同じく同期の律子が答える。

4月の始め。

年度初めといえば新入社員歓迎会、略して新歓。

お昼休みの話題はコレだった。

「めんどくさいけど、行かなきゃいけないでしょ」

入社2年目。去年は何もわからず緊張したまま参加した新歓。

あれから1年が経つ。

自分でも似合わないと思っていたオフィス用の服装もだんだん板についてきた感じがする。

うちの会社には制服はない。オフィスに相応しい服装、と一応服装マニュアルなんてものが存在しているが、基本的に男性はスーツ、女性はカジュアル的なスーツを着ていれば問題はない。

「柚葉は乗り気じゃないのねぇ」

3人の中で一番乗り気な律子がそんなことを言う。

そう。

ハッキリ言って、飲み会という類のものは嫌いだ。

お酒が飲めないわけでもないけれど、絡まれるのがイヤ。

つまり酔っぱらいが嫌い。

酔えば何しても許されるという、あの感覚がどうにも許せないのだ。

会社の社員は絶対出席とされる3大飲み会の、4月の新入社員歓迎会、12月の忘年会、3月の送別会以外、あたしはほとんど参加しない。

 

「新歓はイケメン2トップも来るし、若い新人君も拝める最高の場所なのに」

「律ちゃんはそればっかりだよねぇ」

 

はりきる律子にいつも穏やかな笑顔を振りまく美絵がクスクスと笑っている。

若い新人君で歳はいっこしか違わないって。なんていう無駄なつっこみはしない。

「だってイケメン2トップと話をする機会なんてこういうときぐらいしかないじゃないのよ」

「たまにふらいついてるじゃん、社長も副社長も」

 

律子の言うイケメントップ2というのはうちの会社の社長と副社長を指す。

まだ30代半ばの若さでこの会社を仕切る二人は社内の女の子たちの憧れの的。

なんでも社長と副社長は大学の同期らしく、25の時に独立してこの会社を二人で立ち上げたらしい。最初の頃こそ苦労したものの、今ではけっこうな社員を抱えるIT企業になっている。そういうこともあってかうちの会社は若い人材で占められていて、あたしの直属の上司も28という若さだった。

仕事が出来るだけでなく容姿は言うことなし、背は高くて、クールな反面、時折見せる爽やかな笑顔、これにやられる女子社員は後をたたないらしい。

あたし的にはどこがいいんだか、と思ってしまうけれど。

確かに、顔はいいでしょうよ。

仕事もできるでしょうよ。

だけど、人間らしい部分が欠落してんじゃないの?と思わせるあの態度。

 

「やぁね、柚葉。いくら社内を歩いてたって話すきっかけなんてないのよ。あたしたち一般社員なんて特に」

まあ確かに話をしているのは課長から上のクラスだったりする。

その姿を密かに見つめる女子社員がどれほどいるだろう。

 

「そういえば、また社長秘書辞めたらしいよ」

「へえ」

「最近よく変わるよね」

 

どこからそんな情報を集めてくるのか知らないけど、律子は情報通だ。総務にいるからだろうか。

 

「いいなぁ、社長秘書なんて最高じゃない。お近づきになれるチャンス。あたしにも回ってこないかな~。うまくいけば玉の輿」

「律子の頭はそれしかないわけ?あたしは絶対ヤダな。社長なんて。いろいろ責任ありそうだし、めんどくさいじゃん。それに顔がいいだけの男なんて何考えてるかわかんないよ。女子社員全員を敵に回すだけだし。社長秘書なんてそれこそ地獄よ。地獄人事」

 

あたしは、はっきりきっぱりと言ってやる。

 

「顔がいいたけじゃなくて仕事ができるからいいんじゃないの。しかもお金持っててさぁ。多少性格悪くても許せるわよ」

「あーさようでございますか」

「そうなのよっ」

 

あたしと律子の会話に美絵はクスクスと笑っている。

 

「柚ちゃんは顔のいい男ホント駄目だよね」

「うん。ありえない」

 

特にあのイケメンな2人だけはありえない。

 

「美絵は少しでも沢村係長と話できればいいね」

「あ・・・う、うん」

 

照れくさそうに笑う美絵はとても可愛い。

美絵は密かに同じ部署の沢村係長に思いを寄せていたりする。

あたしが見るところ係長もまんざらではないと思うんだけどな。

 

新歓はホテルの大広間を貸し切っての立食パーティだ。

こういう感じだといろんな人と話がしやすい。

だから、ここぞとばかりに女子社員たちはイケメン2トップとお近づきになろうと二人に群がっている。

ある意味、見ている方は面白い。

なんだかエサをあげたときの鯉のようだと思う。

律子はちゃっかりとお目当ての新人の男の子を見つけて話しかけている。

あたしと美絵は、というとせっかくなので料理を堪能させてもらう。

 

「美絵、いいの?行かなくて」

「えっ、いや、ほらあの上司の輪に入るのって難しいよ?」

 

確かに。

沢村係長は同期と思われる係長や課長クラスの人たちと楽しげに会話をしている。

新人でこそないものの、やはり入社2年目のあたしたちの入る隙はなさそうだ。

 

「っよ。相変わらず仲いいな」

同期で、営業部に配属された田端浩二がやってくる。

 

「田端、営業大変そうじゃん」

「あー、まぁね。でも最初よりは慣れたし」

「後輩に追い越されないようにしなさいよ」

「あーお前にだけは言われたくねえよ」

 

田端とはいつもこんな感じだ。

田端と話をしていると、ニコニコと話を聞いていた美絵に近づく影があった。

このあたしが側にいて変な男を美絵に近づけさせはしないわよ、と振り返ると、そこには沢村係長の姿が。

あら、チャンス。やっぱりね。

「田端、ちょっとそっち行くわよ」

さりげなく、美絵と沢村係長を二人きりにする。

絶対あの二人はお似合いだと思う。

 

「なに、美絵って係長とそういう仲?」

「そういう仲になりそうだから、応援中」

「なるほど。柚葉っていつも自分より人のことだよな」

「そうでもないよ。ただ美絵が辛い恋してたの知ってるし、幸せになってほしいだけ」

「ふーん」

 

そうしていると、他の同期の子たちが何人かやってくる。

さすがに入社2年目だと、まだまだ残っている同期は多い。辞めたのは一人しかいないし。

立食パーティってゆってもやっぱり同期が固まる傾向多いんだよね。

いろいろと情報交換をして楽しく過ごしていると、いつの間にか女子社員の群れの中から抜け出してきたらしい藤原社長がやってくる。

あたしたちは一応頭を軽くさげる。

 

「ここは昨年入社のみなさんが集まってるのかな」

「あ、そうです」

 

社長の質問に、一番近くにいた子が答える。さすがにあたしたちの同期の女の子たちはまだイケメン2トップの取り巻き女子社員に混じる勇気はない為か、みんな社長の姿に釘付け。

「会社にはもう慣れましたか?」

少しだけ微笑を浮かべるその唇から発せられた言葉に、みんなそれぞれ、はい、一応・・・なんて返事をしている。

その瞬間、あたしが社長を見ると一瞬だけ、社長と視線が交わった。

気のせい・・・?

社長はその後、少しだけ話をして去っていってしまった。

社長も副社長も、それぞれのテーブルに集まっているグループを一つ一つ回って話をしているようだった。

社員に対してそういう風に接する会社もけっこう珍しいなんて思うけど、あたしはこの会社しか知らないので、他の会社の社長なんかはどうなんだろう、と考えてしまう。にしても、社長はあたしを見ていなかった?いや、自意識過剰だと言われればそれまでなんだけど。なんだか意味深な瞳を向けられていたような気がするのはなぜだろう。

社長と視線が合ったのは紛れもない事実だということを確信したのはそれからしばらくしてからだった。

 

5月の連休明け、あたしは突然上司から呼び出しを受けることになってしまったのだから。