【サクラの木】第3話 夏休み - 1/3

(1)

夏の始めのコンクールが終わると、わたしたち3年生は引退することになった。先輩後輩なんていう壁なんかないくらい仲良くしてきた後輩たちにバトンを渡すことになったけれど、わたしもつぐみもまだまだ顔を出しにくると約束をした。

 

夏服のポロシャツは、いろんな意味で着やすいけれど、暑い。学校指定のカバンを肩からかけているとそれでなくても汗ばむ脇のあたりがびしょびしょになってしまう。

夏期講習に向かっているとグラウンドでは部活動に励んでいる生徒たちの姿が目に入ってきた。この暑い中、朝早くから頑張っているだろう体育会系部員。

わたしもかつてこんな風に汗だくになって練習していたときがあった。

中学のとき、短いスコートが可愛くて、軽い気持ちでテニス部に仮入部したら、その魅力にすぐに虜になってしまった。一生懸命練習して、1年でレギュラーを手に入れて、あのときのわたしはそれなりに真剣だった。

和楽器の部活は中学にはなく、吹奏楽に入る気もなくて、外で練習するために夏場は真っ黒に日焼けしてしまったけれど日焼けしてもなんでも、テニス部に入ってよかったと今は思う。

時には男子テニス部の子たちと合同練習したこともあった。河野くんのペアとも時々試合をして、多少会話を交わしていたこともあったような気がする。

けれど、そんなの随分と昔のような気になってしまう。

ふと気になってテニスコートの方を見ると、そこには河野くんの真剣な姿もあった。

最後の大会、まだまだ勝ち進んでるだなと思った。

中学の頃、早朝に近くの市民体育館で壁うちをしていたことがある。前日の練習でミスを連発したのが悔しくて必死だった。その時、向かいの通りを颯爽と駆け抜けていった人がいた。

毎朝、同じ時間に彼は走っていた。立ち止まることもなかったし、話をすることもなかったけれど、河野くんはああやって誰も見ていないところでひそかに努力をしていることを初めて知った。

 

「暑いね・・・」

「うん。あつ・・・」

 

言葉を発せればそれだけで暑さが増すように感じて、わたしとつぐみはほとんど会話もせずに教室へ急いだ。

ひんやりと冷えた教室に入った瞬間、生き返るような心地だ。普段あまりエアコン等は使われないけれど、受験生だけの特権というやつなのだろう。

 

教室に入ってしばらくすると数学の先生が入ってきた。

プリントの束を次々に配られ、目を通すと過去の入試問題から抜粋された問題が並んでいた。

 

「このプリントを中心にやっていくから、公式等自分でよくまとめておくように」

 

シャープペンを取り出して、名前を書き込んだ。