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学校の体育館裏にひっそりと佇む一本のサクラの木。このサクラの木の下で告白をすると両思いになれるという言い伝えがあった。
高校生にもなってそんな言い伝えを信じている生徒がどれくらいいるのだろうと思っていたけれど、意外にも多くて、もう何組ものカップルが誕生しているのをこの校舎の3階にあるこの筝曲部の部室から目撃している。
だからこそ、言い伝えを信じて一世一代の勇気を出して、告白をした。
弓道部の樋口先輩。
春に旅立つ先輩をサクラの木の下に呼び出した。
ひとつ年上の先輩は、わたしにいろんなことを教えてくれた優しい人。ドキドキして、会える日を楽しみにして、話ができた日はとてつもなくバラ色な日で、わたしの高校生活を楽しいものにしてくれたのは、先輩がいたから。
けれど、わたしの想いはサクラの木の下で儚く散った。
「あああーー!!!穴があったらもぐりたいっ!もうやだ生きていけない。先輩の顔も見れない」
「大丈夫よ、もう先輩ともお別れなんだから」
「そうよ、お別れよ!ううううう」
部室で悶え苦しむわたしの肩を叩いて慰めてくれるのは同じクラスで筝曲部のつぐみ。ずっとわたしの恋を見守ってくれていた親友だ。
もう二度と会えなくなるのが辛くて、勇気を出したというのに、言い伝えが100パーセントだってことをわたしは伝えることができなくなってしまった。
「ほらー、気持ち切り替えて、練習に励みましょ。4月に新入生入部させないと廃部の危機なんだから」
「そうだけど。なんかもうヤだ」
日本の伝統を大事にするこの学校には、わたしたちが入部している筝曲部の他に茶道部、華道部、弓道部、囲碁将棋部、日本舞踊部などがあって、これらの部活はけっこうつながりが深かったりもする。交流も多い。そういうつながりでわたしは樋口先輩と知り合った。
弓道着姿で姿勢良く弓をひく先輩の姿を何度見に行ったことだろう。もうあの姿を見ることはもうできない、と思うと切なかった。
「初恋は叶わないって本当なんだね」
「まぁそれは当たってるかもね。だからほら春がくるんだから、新しい恋よ、ときめきよ!今度は年下新入生でも探しましょ!」
「つぐみ・・・励ましてくれてるのはわかるけどふられたその日に新しい恋のことなんて考えられない」
「ごめんごめん。今日は落ち込んでてもいいから、明日はまたいつもの琴音にもどってよ」
「うん。ありがと、つぐみ」
好きですと、その一言を言葉にするために何度も何度も練習をして、心の中で何度も何度も呪文のように唱えた。その後のことなんてなにも考えられないくらい、わたしの頭の中は告白することでいっぱいだった。そういう意味ではふられたあとのことはもちろん、うまくいった時のことも考えてはいなかった。
卒業式の日、旅立つ先輩の後姿を見て、少し淋しく感じたけれど、やっぱりかっこいいな、と思った。
心は妙に落ち着いていて、ふられてしまったけれど、自分の心の中でけじめをつけるために最後に気持ちを伝えることができて後悔はなかった。
恋に恋したわたしの初恋はかなわないまま終わりを迎えた。
そんな17歳の春。わたしは意外な人と同じクラスになった。